なのはの登場率が異常Act.9

〜人形が泣いてる?…………それは恐怖だな〜




◆

夕焼けに染められた道を、はやてとシャマルが歩いていた。
膝に乗せられた鞄の中に納められた、さっき図書館で借りてきた本が数冊。
どれも西洋の神話についての本だ。

昔、弓弦が話してくれた御伽噺。
寝る前に聞かせてくれたお話がはやては大好きだった。
それが別の次元世界の話だと、今なら解る。

「目当ての本があってよかったですね、はやてちゃん」

「グレアム叔父さんの故郷のお話らしいんよ」

だから、はやてが神話の世界に興味を持ったのは自然な事だったのかもしれない。
無限書庫で読んだ異世界の英雄譚。特に誰かを守る騎士の話を何度も聞いた。
はやても女の子だ。お姫様と騎士の関係というものに憧れるのだろう。

今日借りた本はグレアムの故郷の英雄。かつて王であり、いつか王となる騎士の話。
弓弦の話では中盤から騎士達の話がメインになっていって王はあまり登場しなくなるらしいけれど。

「弓弦にぃはクーフーリンのお話が面白いて薦めてくれたんやけど、そっちは貸し出し中やってん」

はやては次は借りられるといいなと思って



──────────────急に、胸が苦しくなった。



じわり、と。まるで心臓を少しづつ溶かされているような激痛。
先程まで感じていた暖かさは反転して、氷の中に閉じ込められたような寒さに震えた。

「はやてちゃん!?」

はやての様子に気付いたシャマルが、慌ててはやての前にしゃがみ込んで声をかけるが、
今のはやてには返事をする余裕さえ無かった。
セーターの胸元を握り締めて苦しむ顔を見たシャマルは、すぐに他の騎士や弓弦に連絡をいれる。

そうして、気付いた。


主の兄と通信できない事に。



◆


うー…………あー…………困ったな。

特に抵抗もしなかったというのに。クロノのやつめ、バインドで拘束してくれたさね。
むっつりでガチなゲイで、そのうえサディストか。この変態め!

「人の性癖を捏造するな」

こら。デバイスで人の頭をつつくな。
これはアレかね? 好きな子には意地悪してしまうというアレかね?
ツンデレめ。さっさとデレるさね。そして僕を見逃といいさね。

「ツンデレでもない」

あ、通じるんだ。
まあ最近は一般ぴーぽぅにも通じるとかシルバも言ってたね。僕もパンピーだけどね。

さて困ったね。

燕条 弓弦。16歳。なんだか逮捕されてます。


◆


熱砂の世界で収集を行っていたシグナムの元に、呼び出されてヴィータがやってきた。
2人の表情には緊張があり、険しかった。

「弓弦が捕まったのだな」

それは確認。慌てるでもなく、烈火の将はインデックスに尋ねる。
頷く事で肯定する。あくまで冷静な面持ちで、けれど幾ばくかの不満も込めて。

(主が阿呆だと疲れるのは従者だと嘆息します。それを好しとしている私もまた、阿呆なのでしょうが)

そもそも臨時本部へ行く事が間違いだ。
あの少女達のデバイスにカートリッジシステムを搭載させた、新たな図面を用意し必要な部品の手配をする。
我が主は、たったそれだけの理由でリスクを冒した。

「予定より少し早いですが、問題はないと判断します」

「アタシらはこのまま収集を続けりゃーいいんだろ?」

鋼鉄の伯爵を肩に乗せて、鉄槌の騎士は傲岸不遜に言ってのける。

言われるまでもないと。
止められるものなら止めてみよと。
確固たる自信と自負で。

「弓弦に言伝を。早く戻らねば、我らだけで事を終えると」

灼熱の獣剣を手に烈火の将が微笑む。

己の役割は解っていると。
戦友の無事を祈っていると。
確固たる信頼と愛情で。

インデックスは、その様に満足する。

熱い風が吹き抜けて、3者の髪を撫でて消えた。
砂が足元に吹きつけられて、力尽きて落ちた。

「残り79頁。収集を終わらせてください。カートリッジの残量は気にしないで結構です」

共に転送した荷物のひとつを置いていく。
中身は大量のミッド製カートリッジ。

「私は、私の主の為に行動すると宣言します。貴女方は、貴女方の主の為に」

騎士達が頷いたのを満足そうに眺めたインデックスは、用は済んだと転送の準備をして



『みんな! はやてちゃんが…………はやてちゃんが!』



計画が狂いつつあることに、今はまだ気付けないでいた。



◆


そうしてインデックスから、僕は聞かされた。


「…………クロノ」

驚いた。自分の口から、こんな声色が出せるなんて思っていなかった。
捕縛した対象が発動している幻術や強化といった魔法を打ち消す効果のあるストラグルバインドで
手足を拘束された姿で、床に座り込んでいた僕は、恐怖に震えながら友の名を呼んだ。

連絡を受けて、駆け込んできたリンディさんとエイミィ。それになのはとフェイトも、
僕の変化に気付いて、何事かと表情を変える。

「クロノ! お願いさね。行かせて、はやての所に行かせてほしいんさね!」

「ど、どうしたんだ。君の妹がどうしたって…………?」

「急に倒れたって…………い、今は海鳴病院にいるらしいけどね、意識が戻らないって…………!」

手首につけていたフェイルノートは取り上げられてしまっていたし、このバインドを解く事は
インデックスが来てくれるまでできない。そういう予定だった。
けれどはやてが倒れた今、インデックスにはそちらに向ってもらった。

つまり僕がはやての所に行くには、クロノに頼むしかない。



「話すさね。全部、全部話すから! お願いだから、はやての所に行かせてほしいんさね!」











弓弦さんが、どれだけ妹のはやてちゃんを大切に想っているのか。
日頃から話だけは聞いていた私達は知っていた。
例え知らなかったとしても、今の弓弦さんを見て解らない筈が無い。
それくらい必死になって、弓弦さんは助けを求めていた。

今でも弓弦さんが犯人だなんて信じられない。
それはきっとフェイトちゃんも同じだと思う。

だけど


「クロノくん!」

「リンディ提督!」


大好きな友達が困ってるなら…………助けたい!

そう考えるのは、とても自然な事だと思うの。それに家族が倒れたって聞かされる気持ち、私も解るから。
それはフェイトちゃんも同じで、私がクロノくんを呼ぶのと、フェイトちゃんがリンディさんを
呼ぶのはほとんど同時だった。

クロノくんは少しだけ躊躇ってるみたい。
多分、執務官としてのクロノくんと、弓弦さんの友達であるクロノくんが板挟みになっちゃってるんだ。

「これだけは教えてくれ。君が闇の書の主なのか」

「……違うさね。全部を話すと長くなるから省くけどね。僕は闇の書を正しいカタチに直したいんさね」

「解った。詳しい話は後で必ず聞かせてもらうからな」

「…………ありがとうね、クロノ」

バインドを解除して、クロノくんは立ち上がろうとする弓弦さんに手を貸している。
すぐ喧嘩するし、言い合う事もあるけど、やっぱり2人は仲が良いと思う。
2人の様子に気を取られていた私は、ちゃりって金属が当たる音が聞こえて後ろを振り返る。

「じゃあ、急ぎましょ!」

そこには車の鍵を掲げてフェイトちゃんの肩に手を置いた、笑顔のリンディさんがいた。
私がクロノくんを呼んだとき、フェイトちゃんがリンディさんを呼んでいたのは、そういうこと。




泣きそうな顔で、弓弦さんは深々と頭を下げた。



◆


過度な白さは、かえって病的なものを連想させる。
中国のとある時代には死を意味した色。

病室のベットで眠る少女の横で、必死に原因を調べている弓弦がいた。
闇の書とインデックスを接続してはやての生体記録を呼び出すと、彼女のリンカーコアに過度の負荷が
かかったのが、倒れた原因だと解った。しかし、リンカーコアへの負荷の原因は何なのか。

ふと、ベットで眠る少女へ目を向ける。
今は安らかな寝顔で眠っているが、医師の話では酷く苦しんでいたそうだ。

「…………原因は解りそうか?」

重く沈んだ空気が漂う病室に、普段とはかけ離れた雰囲気の弓弦に軽口を言う事は出来なかった。

「…………ほぼ確定した推測、かね」

投影した記録や彼女の生体反応のログを見ながら、弓弦は口を開いた。

「闇の書とはやてはリンカーコアも密接につながっててね……元々、封印状態でも闇の書の魔力は
 リンカーコアが未成熟なはやての身体には大きな負担になってるんさね。足が動かせないのもそれが原因でね」

やがて、全ての画面を消した弓弦は少女の姿勢を整えてシーツを直した。
暗い。いつもの茫洋とした顔付きは姿を消して、今は自嘲するように暗い笑みを浮かべている。

「闇の書を破壊すれば、はやてが死ぬ。だから僕は、闇の書を元の形に戻したかったんさね。
 けれど、そのためには一度闇の書を完全に覚醒させなければいけないんさね。
 …………はやてには、秘密にしているんだけどね。僕達は蒐集を始めたんさね。はやてが悲しむって、
 はやての気持ちを裏切るって、解ってるのにね」

「弓弦さん…………だけど、管理局なら治療する方法があったかもしれないし…………」

「駄目さね。フェイトは知らないだろうけど、闇の書はこれまでに多くの怨みをかってきた。
 今も被害者遺族が沢山いるさね。…………そう。此処にもね?」

僕に向けられた瞳に、思わず足が下がった。
単色に濁った、意思の強さなんて何処にもない沈んだ瞳。
そう。僕も、母さんも闇の書があったから、父を失った。

「闇の書は完全封印も完全破壊も不可能とされてきたからね。まだ覚醒していないとはいえ、闇の書を
 管理局へ持ち込めば良くて軟禁。悪ければ処分されてしまうだろうね。それくらい、危険なシロモノに
 なってしまってるんさね」

一応、無限書庫で何か方法は無いかと調べてみたしね。と続ける弓弦にフェイトは何も言えなくなり、
そして弓弦の言葉から察したのか、僕と母さんを窺う。

「蒐集が犯罪だと知ってるさね。誰かが苦しむんだって、解ってるさね。
 それでも、殺しはしないからと言い訳して、蒐集を始めた。裏切りながら。騙しながら」



「僕達は焦りすぎたんさね。急速に魔力を蒐集しすぎて、はやてのリンカーコアに大きな負荷がかかった。
 結果。多分、はやてに残っていた時間は、もう少しだけになってしまったんさね…………」



…………え?
残された時間が少しって、どういう事だ!?


「どういう事だよ、弓弦にぃ!? はやての身体は、まだ大丈夫って言ってたじゃんかよ!」

「一気に蒐集をしすぎたんさね。リンカーコアへの負荷が今までより重くなってて…………
 多分、目が覚めても腕にも麻痺が進行してると思うね」

「そんな、弓弦さん。何か方法は無いの!?」

「……覚醒させた闇の書にインデックスを接続。はやての管理者権限で回線を解放してインデックスに
 記録されてる設計図から夜天の魔道書に再構築する。それが、僕達の計画だったさね」



だけど。と、弓弦は一度、躊躇うように口を閉ざして、僕と母さんを見つめて、告げた。



「残り79頁を埋めるだけの蒐集が必要さね」



罪を重ねる必要があると。



「シグナム達のリンカーコアを蒐集って形で闇の書に取り込めば、その頁は埋まるけどね。
 今度は、暴走する防衛プログラムを止める人がいなくなるさね」



管理局の、協力が必要になる、と。



「そしてクロノは、そんな僕を許さないさね」



悲しそうに、涙を流しながら、そう告げた。



◆


後書き。と言う名の何か。


羽:なんか間違えて消してたみたいだと今気付いたよ。
律:多分、1月の更新の時だろうなぁ…………


と言うわけで再掲載。失礼しました。

2009年4月12日。


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