なのはの登場率の低さが異常

〜紳士?それはフランス紳士かイギリス紳士かどっちなんだ?〜





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 12月3日。〜それは誰もが願う幸せで〜


 †


 朝の冷気で冷えたリビングで眠っていた3人に、そっと毛布をかけて朝食の準備をしようとしていたはやて。
 だが、床にうつ伏せになって寝息を立てていた兄に近づいた途端──────

 「…………おはようさね、はやて…………」

 「おはよー弓弦にい」

 バネでも仕込まれていたのかという勢いで跳ね起きたかと思えば、酷く眠そうに挨拶した。

 「…………おおぅ。あのまま寝ちゃったさね」

 それでも頭のほうは覚醒しているのか、自分がどういう状況なのかは理解していた。
 微妙に煤けた服を軽く摘まんで見ているのは洗濯の手間か、それとも廃棄の判断か。
 時計を見やれば、時刻は既に6時に近い。

 「…………うげっ!?」

 6時、6時と何度か呟いて、それが脳に浸透していったのか、眠そうだった顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

 「どないしたん? 大声出したらシグナムとザフィーラが起きてまう」

 「あーごめんね。うわ〜……ジョギングとなのはの訓練さぼっちゃったさね……」

 ここ半年の日課が崩れて、しかも友達に迷惑までかけたとなっては渋い顔にもなろう。
 因みにその友人はベットで夢の中にいて、迷惑なんて話ではなかったのだが。

 「……うあ〜……直ぐにシャワー浴びて着替えてくるから朝御飯はちょっと待ってねー」

 「も〜、1人でもちゃんと作れる言うてるのに」

 「解ってるさね。まあ、あれさね。僕って過保護だからね?」


 ああ……今日は忙しくなるさねー
 昨日の……じゃなくてもう日付変わってたから今日だけど、あの戦闘の事でクロノ達のところへ行かなきゃ……
 誰か僕にも安らぎを! そして癒しをください!

 やっぱ自業自得だからいらないやね。


 †


 昨夜の戦闘は失敗に終わってしまった。
 外部から結界を維持していた局員達を、現れた2人の騎士に倒されてしまい逃走を許してしまたのだから。

 「…………でも、収穫はあった」

 「そうだね。闇の書本体と、その主と目される人物の情報は大きいよ」

 アースラに戻ったクロノは昨夜の戦闘のデータを補佐でもあるエイミィと共に確認していた。
 電子音が鳴る度スクリーンにはサーチャーから集めた映像が映し出されていく。
 その中の一枚。灰色の外套を着た女性を見つめる。

 「ゴーグルで顔半分は見えないけど、この人が闇の書の主なのかな?」

 「まだ確定したわけじゃない。けど…………」

 「? どしたのクロノ君、なんか歯切れ悪いけど?」

 じっと女性を見つめるクロノに訊ねても答えは無く、エイミィも同じ写真を見る事にした。

 (あの外套…………まさかな…………)

 クロノの脳裏に古い友人の顔がよぎった。
 けれど直ぐに自分の考えを打ち消す。何を馬鹿な事を、と。

 クロノが知る限り、彼は闇の書を憎んでいるはずだ。
 彼自身がそう言ったわけではないが、それだけの事があったのだから。

 (だから、そんなのある筈がない)

 思考を切り替えて、今後の対策へと考えを移そうとして


 「なーにクロノ君、惚れたか?」

 「はあ?」


 身内の阿呆な発言に邪魔された。

 「やー、あのゴーグルの下はかなりの美人さんが隠れてるとおねーさんは思うわけだよー」

 「馬鹿か君は」

 エイミィの馬鹿発言に頭を痛める。何処まで呑気なんだこいつは…………

 「僕は艦長とフェイト達に今後の事で打ち合わせに行くからな」

 「あいよ、いってらっしゃい」




 「で、そっちの調子はどうだフェレットもどき」

 「誰がフェレットもどきだと何度言えば…………! ったく、破損状況はそんなに酷くはないけど……」

 「けど………? レイジングハート達、直らないの?」

 いつもどうりのクロノの冗談だけど、状況が状況だ。直ぐに切り替えてデバイス達の状態を説明するユーノ。
 まあ、彼にとって一番効果が高かったのは不安そうな少女の言葉だったのだろうけれど。

 昨夜の戦闘でフェイトとなのはのデバイス、レイジングハートとバルディッシュは中破してしまった。
 その損傷自体はユーノの言うように直せないほどではない。ただ彼の歯切れが悪い言い方の原因は……

 「正面から真っ向にぶつかって、力負けしちゃってたから…………今のままじゃちょっと辛いかもしれない」

 赤髪の騎士に結界を破壊されて位置的にフェイトが戦ったけれど、数合打ち合っただけでバルディッシュが軋んだ。
 シグナムとレバンティン。確固たる信念を持った瞳をした騎士。

 そして、それはなのはのレイジングハートも同じだった。
 深紅のジャケットを纏った騎士の接近を許してしまい、あの鉄槌の一撃を受け切れなかった。
 シールドは破壊されて、もう少しでレイジングハートは大破してしまっただろう。

 「そういえばさー、あの連中の魔法ってちょっと変じゃなかった?」

 戦闘で見た騎士達のデバイスや魔法を思い出しながら、アルフが口を開く。
 彼女自身、あんな魔法は見た事がないのだろう。
 その疑問に頷き、クロノは通信のモニターを表示させる。

 「ああ、その事は弓弦のほうが詳しい」

 『手抜きすると貴重な出番が減るさねクロノ』

 モニター越しに聞こえた声は通信特有の変化はあったが、そこにいた全員の知った声であった。
 表示された枠の中には憮然とした表情の弓弦が映っている。

 『あの騎士達の魔法はベルカ式さね。ミッド式と双璧をなす魔法体系で、優れた術者は騎士と呼ばれるさね』

 別のウィンドウが開いて、昨夜の騎士達が持っていた剣と鉄槌が表示される。
 特に目を引くのはレイジングハートやバルディッシュにはないパーツ。

 『近距離、つまり対人戦闘に特化した魔法でね。その最大の特徴はカートリッジシステムっていう機構さね。
  事前に儀式で魔力を込めた弾丸をデバイスに装弾して、瞬間的とはいえ爆発的な出力を生み出すんさね。
  ただ、術者への負担もあるし結構不完全なシステムではあるんだけどね…………』

 不安定なシステムであったからこそ、今は安定性の高いミッド式が主流になった。
 もちろん時空管理局の本局がミッドチルダにある事も、それと無関係ではないのだろうけれど。

 「弓弦のフェイルノートもこのベルカ式を採用していたな」

 『僕の場合はベルカ式カートリッジシステムでミッド式の魔法行使の強化だけどね』

 フェイルノートは名前の通り弓型のアームドデバイス。
 クロスレンジにも対応できるように手甲ガントレットフォームもあるが、メインは中・遠距離だ。

 『ああクロノ。闇の書の資料はエイミィとリンディさんに送っといたけど、そっちにも送ろうかね?』

 「も、もう集めてくれたのか? 急な頼みだったし、いくら君でも時間がかかると思ったんだが」

 『…………まあ、ね。これは僕の個人的な調べものだね。前から仕事の片手間に調べてはいたんさね』

 弓弦の表情に、少し翳が差す。
 それを見たクロノもすまなそうにしていたが、事情の知らない他の4人の顔は疑問系だ。

 「そうか。じゃあ僕の端末にも転送しておいてくれ。後で読まずに棄ててやろう」

 過去の痛みに触れた事で、弓弦とクロノに去来するのは同一のものか。
 思いを払拭するように、そして弓弦も応えてくれると確信して軽口を叩く。


 『解った。クロノが端末の隠しファイルに保存している18禁画像をリンディさんに転送してやるさね』

 「待て。頼むから待て」


 叩いた軽口で帰ってきた言葉には全力全壊の威力。
 まさに致命傷。言の葉は剣となって心を刺し穿つ一撃となった!いやホントにね。

 ああ、頬を染めたなのはとフェイトの興味はあるけどー的な視線が痛い。
 アフルなんて「やっぱムッツリだ」とか言ってる。羞恥心を持てと言いたい。
 このメンバーの中で唯一の同性であるユーノは嫌な汗で背中がびっしょりである。

 彼は気付いていない。気付いていたらきっと耐えられなかっただろう。
 なのはの視線がクロノから外され「もしかしてユーノ君も?」と思われていた事実に。

 『クロノ。そこは否定するところじゃないんさね…………? まさか本当に持ってるんかね?』

 「も、持ってるわけないだろうが! 君なら僕のだって捏造して送りかねないと思ってだな!!」

 『安心するさね、クロノ。最近、エイミィが君の色恋話に敏感ではないかね?』

 心当たりがあった。
 先程の闇の書を持つ女についての発言をしてもそうだが、最近のエイミィはおかしい。
 局員のあの子が可愛いとか通信士の女性職員の知り合いを紹介してくれたりとか妙に思ってはいた。

 「そ、それがどうかしたのか。確かに最近は妙にねちっこい所があるが…………」



 『……うわ。信じたんだねエイミィ……素直だねー……』



 「待て弓弦! エイミィに何を吹き込んだ!!」

 その内容によっては今後クロノとエイミィの関係に影響を及ぼす危険性がある。
 10年後。もしかしたらクロノ提督は独身なのかもしれない!

 焦るクロノを助けたほうがいいんだろうかと思い、ユーノは弓弦に視線を合わせて…………悟る。

 《明日は我が身って事デスカ?》

 《おういえ》

 無理だ。助けるなんて出来るわけがない。
 事実がどうであれ、その潔白を証明できるわけでもない。
 一度でも生まれてしまった疑念が、今後なのは達の中でどう熟成されてしまうのか。
 そのリスクに思い至ってしまった少年の不幸である。

 『いや別に。単にクロノの異常性癖についての報告書を渡しただけさね』

 「僕はノーマルだあああああ!!」

 『あ、もしかして紹介してもらったのって年上熟女系だったかね?』

 「…………た、たしかそうだったような…………?」

 『わははー……いや、正直スマンかったさね…………』

 「謝るなよ! 不安を煽る!」



 因みに。


 「クロノ君…………本気なの?」

 1週間程前に、弓弦から送られてきた報告書を読んでしまったエイミィがそんな事を呟いていたのは秘密。

 「でも…………クロノ君が受けかー…………あ、これ可愛いー」

 彼女が何を見たのか、そして数時間にも及ぶ鑑賞会の後、彼女の座る椅子が『何故か』湿っていたのも秘密である。


 †


 散々クロノをからかって満足した弓弦との通信は終わり、クロノはなのはとフェイトを連れてある執務室へ来ていた。

 『時空管理局顧問官。ギル・グレアム』

 先のPT事件、ジュエルシード事件と呼称されるようになった、あの一件でのフェイトへの裁判は昨日終わった。
 半年間の保護監察処分という、殆ど無罪放免に近い処分で済んだのは、ハラオウン親子と親切な協力者のおかげ。

 その保護監察を担当するのが彼、グレアム提督。
 クロノの執務官研修の担当官であり、弓弦の保護責任者でもある。
 エイミィ曰く「歴戦の勇士。優しい良い人」で、弓弦曰く「イギリス紳士の見本」

 そんな歴戦の勇士、又はイギリス紳士の見本は手ずから紅茶を用意して、3人が来るのを待っていた。
 本当に提督か? いえいえ提督です。

 「保護監察官と言っても、まあ形だけだよ」

 対面に座って、フェイトの今後について説明するための面接だ。形だけだが。

 「リンディ提督や弓弦から先の事件や、君の人柄について聞いているしね。とても優しい、良い子だと」

 「あ、ありがとうございます…………」

 フェイトの頬が桜色に染まっているのは、恐らく見間違いではあるまい。
 照れているのか、それとも意中の男が自分をどう語ったのか想像してしまったせいか。乙女の秘密である。

 「それになのは君の事も聞いているよ。あの世界の出身で日本人だそうだね……懐かしいなぁ日本の風景は」

 「ふえ……?」

 「私も君と同じ世界出身だよ。イギリス人だ」

 「えぇ〜!? そうなんですか?」

 知らされた事実に驚くなのは。
 それはそうだろう。自分が住む世界では、魔法なんてものは只の幻想でしかなかったのだから。
 なのは自身がそうであるように、何事にも例外はある。その例外がもう1人いただけの話。

 そう。もう50年以上昔の話。
 それはなんて幸せな出会い方だったのだろうか。
 誰も死なず。誰も失う事無く。日常に非日常が顔を出した。

 (本当に、幸いな出会いかただったな…………)

 彼が誰と比べて、幸いであったと思っているのか。
 幸いであったのが彼であるのなら、対比されている者は、どうだったのか。
 僅かに漏れ出た過去の痛みを飲み込んで、表情には出さず先を話す。

 「ふふふ。魔法との出会い方まで私とそっくりだ。私の場合は、助けたのは管理局の局員だったんだがね」

 「はぁ〜…………」

 端末を机に置いて、再びフェイトへ視線を移す。
 先程までの穏やかな老紳士といった表情から、真剣な眼差しになりながら。

 「フェイト君。君はなのは君と友達なんだね?」

 「はい」

 「約束して欲しい事は1つだけだ。友達や自分を信頼してくれる人の事を、決して裏切ってはいけない。
  それができるなら私は君の行動について、何も制限しないと約束するよ。」

 求められたのは誠実。
 人として当然の事でもあり、けれど貫くには…………なかなか儘ならないもの。

 「…………できるかね?」

 提督が何を見てきて、感じてきたのかは提督だけのモノだ。
 少女に誠実さを求めたことにしても、何か思う事があったのか。


 ──────────────そして、少女が差し出すのは、本当に尊い気持ち。


 「はい。必ず」

 真っ直ぐな瞳で、力強く答えた。

 「うん。いい返事だ」

 そう満足していると、部屋の扉がノックもなしに空けられた。
 何処の無作法者だと視線を向けるグレアムだったが、すぐに相好を崩した。

 「だから言ったさね養父さん。頑固なトコもあるけど良い子だってね」

 「はは、そうだな。弓弦の言ったとおりの優しい子だな」

 「あ、ああの弓弦さんそんな…………」

 「あははっフェイトちゃんお顔真っ赤だよー」

 「ん? フェイト君は弓弦の事が気に入っているのかね? 家事も得意で性根は穏やか。
  まあ少し歳が離れてはいるが、7歳差くらいなら問題ないだろう。どうだね、婿に」

 「いえあのそんな、私なんか全然駄目であの…………!」

 真っ赤になった挙句に座ったまま上半身だけでわたわたと不思議な踊りを披露するフェイト。
 その踊りの効果で誰もMPは減らなかったし混乱状態にもならなかった。いや本人は混乱してるが。

 「まったく…………変な事言って困らせたら駄目さね養父さん……よっと……」

 「……なあ弓弦……その葉巻高いんだが……」

 「うん。だから貰ってくさね?」

 「待て弓弦。提督も困ってるだろう」

 「……んじゃ1本だけね……」

 言うが速いか即行で葉巻を切って火をつける。ライターではなくマッチな所が通だ。

 「良い葉っぱ使ってるさね…………何処の銘柄?」

 「弓弦の出身世界では認められてるとはいえ、16歳の君が喫煙というのは、どうも違和感があるな」

 「…………養父さんも辞めろって言うさね?」

 その視線に力は無く、年齢以上に幼くも見える。
 普段の彼を知るものは違和感を感じまくりである。

 「ごほん。いや辞めろとまでは言わないが、君はまだ成長途中だ。程々にな」

 「解ってるさね♪」

 まあ、俗っぽく言えばおねだりとかと同類の仕草だったわけだが。
 16歳の青年にしては老成した態度が目立つ弓弦だが、グレアムの前では子供のように甘える事が多い。
 はっきり言って、傍から見ていると不気味ですらあるのだけれど。


 燕条弓弦 16歳。実はファザコンである。


 「弓弦さん…………あんな顔で笑う事もあるんだ…………」

 恋の桃色フィルターは少女にどんな笑顔に見せたのだろう。
 少なくともマイナスには映らなかったようである。

 ああ強きもの、汝の名は恋する乙女か。

 それから少しだけ雑談に興じたクロノら3人だったが、今後の事、闇の書について動き出す必要が
 あったので退室した。フェイトが残念そうにしていたのは見間違いである。…………多分。

 「それで、彼女達はどうだった?」

 「強いですね。実戦経験の差とインデックスのアドバンテージが無ければ勝てないかもしれません」

 そうして、1人残った弓弦とグレアムの密談が始まった。

 「ヴォルケンリッターは闇の書さえ押さえてしまえば如何とでも。最後の蒐集に利用するのが最良かと」

 「暴走が始まって、封印の邪魔をされる事はないか…………」

 「それと主の容態ですが、まだ生命維持に影響はでていません。蒐集終了までは、なんとか保つでしょう」

 「そうか…………」

 しばし沈黙する2人。
 弓弦の紫煙を吐く音と、時計の針音だけが部屋に響く。

 そうして、どちらも何かを思いながら、何処を見つめているのか。
 それが解ったのか、弓弦を見るグレアムの視線は、優しいものだった。


 「弓弦。此処には私しかいない…………君の本心を教えてくれないか?」


 穏やかで、まるで象のように穏やかな瞳に、弓弦は戸惑った。
 何故。今このタイミングで言うのだろうか。卑怯だ。ずるい。
 グレアムが弓弦にまで策謀を巡らすとは思えないし思わない。
 だからそれは事実。彼は絶対にリーゼ達に洩らす事はない。

 「……ずるいさね養父さん」

 「君が分割思考を会得してからは、なかなか素直に本心を語ってくれなくなったからね」

 「養父さん達にまで策を巡らせたりしないさね。それに、僕は素直な子供だと思うけどね?」

 「だが、私やリーゼ達の事を考えてくれている。違うかね?」

 「質問に質問で返しちゃ駄目さね。…………本当に、敵わないさね…………」

 弓弦とて誤魔化すつもりもなかったが、やはり彼は確信しての発言だったのだろう。
 見抜かれた感情を隠すつもりもない。彼は養父が好きだったから。


 「養父さんの計画を、僕は壊すつもりで動いてるさね」


 やはりグレアムは確信していたのだろう。驚いた様子も無く、泰然と其処にいた。

 「ふむ…………では、どうするつもりかね?」

 「……あの街で、あの子と暮らすようになって今年で3年さね……強くて、本当に優しい良い子さーね」

 思い返すこれまでの日々。
 最初は、不器用な兄妹関係だった。
 仕事の意識が消えずに、やはり壁も作っていたのかもしれない。
 それが半年もすれば薄れてしまって、1年で壁は瓦解した。
 2年目からは本当の意味で兄妹になろうと努力した。
 仕事なんて抜きで、心からそうなりたいと願っていた。

 「……養父さん。僕はもう家族を失いたくないんさね……もうあんな思いは……嫌さね……」

 はじまりは8年前。
 全てを失った少年だったころ。

 「武装局員の魔法に反応したインデックスの自動防御プログラムを制御できなかった僕は、沢山の人を殺したさね。
  闇の書と誤認していた局員達を。村のみんなを。家族を殺したさね」

 「弓弦。あれは君の責任じゃない。私が闇の書の捜索指示を───────────」



 「養父さんに責任が無いなんて言わないさね」



 「でも僕は許すさね。養父さんを責める人が現れたとしても、死んだみんなが責めても僕が許すさね」

 いつの間にか、弓弦の手は硬く握られていた。
 強く握りすぎて掌に爪が刺さっているのか、僅かに血が零れた。

 「それに養父さんは責任とったさね。僕を引き取って育ててくれたさね」

 人や村を壊してしまった少年は、その事実に耐えられずに壊れてしまった。
 けれど拾ってくれた人がいた。涙で濡れた掌は温かくて、壊れた心に滲みこんでいった。

 「だけど僕はまだ罰を終わらせないさね。僕が、僕を許せる日までそれは終わらないさね」

 瞳に溜まった涙の滴は、けれど零れる事など許さぬと袖に拭われて。
 ただ力に満ちた瞳は前を見る。前に進んで行くと訴えている。

 「はやてを護って、みんなを護る。それが出来なきゃ僕は僕を許せないさね」

 弓弦の言葉は、むしろ彼自身に強く響いていた。
 為さねばならぬという強迫観念ではない。そんなものでは決してない。

 罪には罰を。そして達成には許しを。

 己の罪に潰れた少年は、かつてそう思う事で立ち上がった、
 ただ一心不乱に善行を積んで悪行を許さず。
 そうしていれば、いつか罪の記憶は消えて自分は許されるのだと信じていた。

 だが違う。
 そんなものは許しでもなんでもない。
 そんなものが許しであるはずがない。

 間違っていると気付いたのはいつだったか。
 いや、最初から気付いていたのかもしれない。
 ただ気付いてしまえば耐えられなかっただけのこと。
 耐えられない程に幼かっただけ。

 …………そんな彼を育んでくれた人がいる。

 「養父さんの計画は不安要素も多いさね。だから、僕は僕が思う最良を選ぶさね」

 だからこそ、その人に恥ずかしくない生き方をしたかった。
 生きる為に必要なものはきっと──────────────


 「悲しいのは駄目さね」


 真っ直ぐ前を見て


 「幸せになれる人が、幸せにならないなんて駄目さね」


 胸を張って


 「養父さんの計画通り進めたら、養父さんだって幸せになれないさね」


 真っ直ぐ歩いて行くための


 「幸せになるさね。みんなで。悲しみはもう、終わりにするさね」


 ──────────────自信だと思うから。


 †


 
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