なのはの登場率の低さが異常

〜はあ?魔法の呪文?魔法少女にでも聞け。〜






 崩れた屋敷。
 薙ぎ倒された木々。
 そして潰れた■■。

 ───────それが、僕の原風景。



 †



 6月。孤独な少女が9歳の誕生日を迎えた瞬間。彼女の世界は一変した。
 少女と共にあった1冊の本が呼び込む、少女の知らない現実。
 孤独であった少女は、それを受け止め、新たな家族の誕生に感謝する…………


 …………そんな歴史も、あったのかもしれないね。



 「闇の書の起動。確認しました」

 膝をつき、頭をたれる4騎士。

 「我ら、闇の書の収集を行い主を護る、守護騎士にてございます」

 黒と紫の文様。形式はベルカ。黒衣の騎士らは主の少女に誓いを立てる。

 ──────────────心よりの誓いは、もう少しあとの話。


 「夜天の主につど──────────────」



 ばきゃ!     がんっ 「いった〜い!」



 「貴様ら何者だ!? はやてに何をしたあ!!」

 余程慌てていたのか、鍵もかかっていない扉を蹴り飛ばして飛び込んできたのは


 「く……! 意識が無い……貴様らああ!!」

 『生体スキャン。全て正常値です、ボス』

 灰色のロングコート状のバリアジャケットに身を包んだ、馬鹿兄だった。
 両の手に手甲状のインテリジェントデバイスを装着して戦闘体勢に入っている。


 「フェイルノート! 安全距離まで転送す「ま、待ってくれ!」

 飛来した扉で頭部を強打していた金髪の女を介抱していた赤髪の女が、慌てたように引き止めた。
 いや実際慌てているのだろう。表情は困惑そのもので、咄嗟の呼び掛けも戸惑っていのだから。

 「その方は我らが主。危害を加えるつもりはない!」

 「主だと……? …………そうか、■■の■■書の守護騎士システムか」

 気絶している少女を腕に抱き、先程までの警戒心を解く少年。いや、もう青年というべきか。
 本来は中・遠距離用の弓型デバイスを近接戦闘用の手甲フォームにしてあるフェイルノートに
 転送を中止するように思念で命じて、青年は騎士達に向き直った。

 「そりゃ、いきなりこんなの見せられたら気絶しても不思議じゃない……のかね?」

 そう言って、やけに様になった仕草で溜息を吐いていた。


 †


 数分後。微妙に魘されている少女をベットに寝かせて、騎士と青年はリビングへ降りてきていた。
 まだ6月というか、もう6月というか。
 日が長くなってきたとはいえ既に時刻は深夜。日付も変わったような時間帯だ。

 「とりあえず、そこのソファーに座っててね」

 そう言いながら青年はキッチンで手際よく紅茶を淹れる準備をはじめた。
 お湯を温めている間に救急箱から白い布を、冷蔵庫から冷凍してある保冷剤を1つ取り出してリビングへ。
 そわそわと落ち着き無く座っていた金髪の女まで歩いていく。

 「さっきはゴメンね。痛かったよね?」

 と、こちらは不慣れなのか随分と乱暴な処置だが、布で保冷剤を包んで扉が当たった場所を冷やすよう結ぶ。

 「あ、ありがとうございます………」

 「それは僕の行動の結果で僕に責任がある。お礼を言われる事じゃないさね」

 つっけんどんな言い草で、そっぽ向いて頬を掻いているが、その頬は桜色に染まっている。
 どう控えめに見ても照れているだけだ。見ている4人もそれを読み取るだけの機微はあるらしい。
 それ以上は何も言わなかったが、何処か微笑ましく眺めている。……1人だけ疑問系な表情だったが。

 そんな視線から逃げるようにキッチンへ戻ってさっさと紅茶を用意する……わけにもいかない。
 ポットにお湯を入れて蒸らしたりカップを暖めたりと手間をかけるのが青年にとっての常だ。
 他所で飲む分には妥協もするけれど、自分でやれる以上は手を抜かない。
 まして、それが自分の実力だなんて誤解されるもはもっと嫌だと、青年は思っていた。

 「お待たせ。砂糖とミルクは好みで使うさね」

 そうして、ようやく話の席が整った。


 †


 騎士達の自己紹介を聞いて、僕は心のメモ帳に幾つか追加で書き込んでいた。
 闇の書、いや夜天の魔道書の守護騎士システムには4騎。
 こちらは2騎だけど個々の性能はこちらが上。総合的に同格と判断する。

 「それじゃあ、今度は僕の番だね」

 思考をめぐらせながらも表情には出さず、内心を切り離して会話を続ける。

 「僕は燕条えんじょう弓弦ゆづる、16歳。はやてとは血縁こそないけど兄妹のように暮らしてる」

 (はじめは仕事として、だったんだけどね…………)

 はやてと暮らし始めてもう3年も経つのか。
 たった3年と思うところなのか……もう3年と思うところか悩むね。

 「魔法の技術が確立されていないけれど文明がある程度発達した世界に僕みたいな魔道師がいるって
  ことに疑問はあるだろうけどね? それはまあ、僕の個人的な望みと言うかなんと言うか…………」

 「何か事情が?」

 僕の曖昧な物言いにシグナムと名乗った、彼らヴォルケンリッターのリーダーが疑念を口にする。
 どう答えれば波風を起こさずにすむかと紅茶を口にして思考する時間をとる。あ、この茶葉美味しいね。

 「うーん……ちょーっと長い話になるんだけれどね?」

 「ま、朝まで時間はあるんだし。いーんじゃねーの」

 うわー。このちびっ子ナチュラルに徹夜しろと言ってるね。
 そりゃ一晩くらい寝なくても平気と言えば平気だけどね? 明日も仕事あるんだよ僕?

 溜息を吐き、もう一口紅茶を飲む。
 ……うん。この季節は此処の茶葉が一番かもしれないね。来年も買おうかね。

 「僕が元々住んでいた世界も魔道技術が無い世界でね……僕自身、魔法なんて知りもしなかったんだけどね。
  ちょっとした切欠があって魔法の存在を知る事になったんだよね」

 (…………あれが『ちょっとした切欠』と言えるようになったのも、成長と言えるんかね?)

  《申し訳ありません》

 (今のは独り言さね、インデックス。それに、君が意識してしたわけでもないさね)

 …………一応言っておくとね? 僕はなんら精神的疾患を患ってはいないからね?

 「管理局員とロストロギア関連で事故があって、天涯孤独の身になってしまってね?」

 あ。笑顔で言う台詞じゃなかったね。
 さっきまでの弛緩した空気が2つの意味で張り詰めていく。
 1つは同情。そしてもう1つは──警戒。

 「あー、一応言っておくとだね? 僕を引き取ってくれた人は管理局の人だし、僕も管理局で仕事を
  しているけれど職員になったわけじゃないからね。君達の事を報告するつもりはないさね」

 「…………何故ですか?」

 シグナムの言葉は丁寧だけれど、そこにははっきりと警戒と覚悟が込められていた。
 僕に記憶操作を施すか、最悪の場合は殺すという覚悟が。

 気に当てられた訳でもないけど圧された空気を払拭するように肩を竦めてみせる。
 管理局と闇の書のこれまでの関係を考えれば、シグナム達の考えも当然だけどね。

 「僕は退屈な日常を愛してるんさね」

 「此処を戦場にはしたくないと?」

 「当然さね。だからこそ魔法技術の無い世界に暮らしてるんだし、局にも所属はしてないんだからね」

 まあ。本心さね。
 本当だったら此処じゃない世界で家族と、友達とそんな暮らしを送っていたはずなんだけどね。
 そんな生活は在り得ない。家族だった人達は残らず死に絶え、魔法と縁を切れない事情もあった。

 「それに君達もはやてと1週間も暮らせば解るさね。はやては戦いなんて望んだりしないってね」

 (……いい感じに話はずらせたかね?)

 深く考えるまでもなく、僕の話には不振な点がいくつもある。
 例えばロストロギアに係わった魔道師が『たまたま』闇の書ロストロギアの主の家族になってるとかね。
 そんな偶然があるわけがない。明かに何かしらの思惑があるに決まってる。

 管理局の事を持ち出したことで誤魔化せたのならよし。
 近いうちに気付くだろうけれど、聞かれるまで真意を語る気は無い。

 (まあ、些か楽観にすぎるとは思うけどね)

 《彼らも私と同種の存在である以上、問題はないと判断します》

 (……はやてと暮らしてると、そんな毒気なんて抜けてっちゃったもんねー)

 まあ、もともと乗り気ではなかったのも大きいのだろうけれど。
 思い返すのは3年前。
 ギル・グレアム提督…………養父さんに引き取られてからは5年後か。
 養父さんの執務室に呼ばれた、あの日のこと…………


 †


 ―3年前―

 僕はグレアム養父さんの執務室に呼び出されていた。

 『魔法使い』なんて存在を知った日から、僕は魔道師として生きる事を選んだし、
 孤児になった僕を引き取ってくれた養父さんは管理局の人だったから、必然的に
 管理局と係わりが生まれてくる。まあ保護監察対象だしね、僕。
 ちょっとだけ人より優れた情報処理能力を買われて、本局の無限書庫で司書の真似事を
 して、ちょくちょくリーゼさん達に鍛錬に付き合ってもらったり。そんな毎日。

 (しかし養父さんが肩書きを使って呼び出すなんて珍しいね)

 いつもはプライベート通信なのにね。
 今日に限ってなんでわざわざ館内放送使って…………?

 いざ執務室の前になっても疑念は晴れず、本人に聞けば解るかとその扉を開けた。



 「……監視……ですか?」

 部屋で聞かされたのは、僕には多少の、養父さんには浅からぬ因縁がある相手の話。

 『第1級捜索指定遺失物…………闇の書』

 養父さんは、この遺失物の永久封印のために8年前から『個人的に』捜査していた。
 そうして闇の書の後継機にあたるインデックスを発見。そして事故があって──────
 今は事故の事は関係ないさね。軌道修正。

 「ああ……この八神はやてという少女が闇の書の転生先だと解った。弓弦、君に彼女の監視を頼みたい」

 「しかし、それなら私個人ではなく局員でチームを組んだほうがいいのでは?」

 そうだ。養父さんの見せてくれた資料によれば、八神という少女のいる世界には魔道技術は無い。
 かと言って特に科学が発展しているわけでもない。僕の時と殆ど同じケースだね。

 ────────結論。養父さんは管理局の人間として彼女の監視を依頼したわけではない。

 「……………………けじめのおつもりで?」

 僕の言葉に、沈痛な表情を浮かべる養父さんとリーゼさん達。

 (これは………アタリかね)

 個人的な監視。闇の書本体の破壊ではなく監視。
 転生機能やその他危険な改変があるために闇の書の完全破壊は不可能と結論付けられている。
 だからこそ歴代の主を闇の書ごと消滅させて、問題の先送りしかできなかった。

 (それを監視ね)

 なるほどね。確かに僕は適任だ。
 闇の書と対抗できる同等の武装を持った、管理局外部の養父さんの私兵。
 僕を彼女のそばに置く事で、その周囲は僕の保護監察官である養父さんが管理する事になる。
 そうして、闇の書が問題を起こすまで管理局への情報も握り潰す。

 (………誰にも渡さないと言う事? 違うね。そこまで養父さんもリーゼさん達も狂ってない。なら……)

 「聞かせてもらえますか。養父さん達が見つけた闇の書の永久封印の方法を」

 「……君は本当に思考が速いな。そう、私達は永久封印の術を見つけた………」


 †


 そうして弓弦は第97管理外世界に現れた。
 管理局への建前はこの世界にある養父さん所有の家の管理。
 無限書庫での非常勤司書という立場が邪魔だったけど、そこは養父さんの地位がモノをいった。

 そして八神はやてを訪ねた建前は……

 「グレアムおじさんの……?」

 「うん。養子だけれどね」

 当時6歳だったはやてに、自分の生活を支えてくれている人に騙されるなんて発想があるわけもなく。
 戸惑いながらもしっかりと差し出された弓弦の手を握り返していた。

 ────────が、此処で弓弦に誤算が生じた。

 弓弦の考えでは、自分はすぐに受け入れられる事はないだろうと思っていた。
 少なくとも一緒に生活してゆくなかで、信頼関係を築かなくてはならないと。

 しかしはやては違った。
 戸惑いはあったし、少しばかりの警戒心もあった。
 けれど、それ以上に嬉しかったのだ。
 両親を失ってから今日まで、この家には自分しかいなかった。
 近所の人も6歳の子供が独りで暮らしているのを心配してくれていたし、優しくもしてくれた。
 けれど、この家には自分しかいない。
 まだ6歳の女の子が、それを寂しいと感じないわけがなかった。

 「へへ………なんやにいやんができたみたいや」

 だからはやては喜んだ。戸惑いも警戒も忘れてしまうくらいに。
 ────────あっさりと弓弦を受け入れてしまうくらいに。

 「よ、よろしくね?」


 弓弦の返事は、お世辞にもちゃんとしていたとは言い難かった。


 †


 そうして12月1日の現在。
 PT事件なんてあって、場所が場所だけに係わりもしたが今は平和な毎日。
 魔法文化が無い世界だっていうのに馬鹿かと言いたくなるような資質持ちと知り合ったり、
 やたらと懐いてくる使い魔の御主人と仲良くなったり、家族が増えたり。

 (外部協力者として報酬は貰えたからいいけどね)

 かなり現実風味な内心はゴミ箱に投げ捨てて忘れる事にしよう。
 今はそれより考えなくてはならない事があるしね。

 時刻は深夜0時をまわって、辺りの民家からも灯りが消えたころ。

 「行くんだね」

 「……はい」

 家の庭に集まるヴォルケンリッター。
 その前に立つのには、少なからず覚悟とか度胸が必要なんだと今更ながらに気付いた。

 「はやてとの約束…………騎士の誓いを破るんだね?」

 「……意地の悪い。前にも同じ問答をしました」

 「ハハ、ごめんね。僕って好きな子には意地悪しちゃう性質だからね」

 へらへら笑いながら纏ったバリアジャケットの外套に煙草を1箱しまいこむ。
 それを見咎めるような3組の視線。これが僕の燃料だと言っているのに……
 辞めるつもりはまったくないし、そもそも僕の出身世界では16歳は立派に大人だ。
 煙草もお酒もギャンブルも認められていたのだから怒られる謂れはない。

 「んじゃ、今晩のお勤めといきましょうかね」


 †


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