Fate「無限の世界」Act.14

〜夜の衛宮邸(1)〜





 ◆


 「では、おやすみなさいお兄さん♪」

 「ああ、気を付けてなー」

 夕飯を一緒に食べて満足したのか、話すべき事を話してギルガメッシュは帰っていった。
 その内容は重要事項ではあったが、それを俺に話す意味も必要性も理解できなかったが。
 土蔵で作業をしながら、奴の言葉を反芻していたら、

 「・・・驚いたな。これは貴様が作った工房か・・・」

 いつのまにか、入り口にアーチャーが立っていた。
 彼はそのまま内へ入って、俺の工房を観察し始めた。

 「アーチャーの歴史とは、大分違うのか?」

 「ああ。私が聖杯戦争に参加した時は、強化すら満足に扱えぬ無才ぶりであったよ。」

 懐かしむような言葉に、自嘲も自虐もない。
 そのまま俺の手元を覗き込んでくる。

 「何を造っている?」

 アーチャーが見たのは、金色の筒と黒い粉と宝石の幾つか。
 ぱっと見では何を造っているのか解からないのだろう。
 俺は完成品を引き出しの中から幾つか取り出して、アーチャーに渡してやる。
                  シングルアクション
 「宝石を弾頭にした弾丸だよ。俺には一工程の魔術はねえからな。」

 「成程。それで切嗣の銃を使うのか。」

 「ん?ワルサーは切嗣のだけど、他のは俺が買ってきた。」

 いや探せばいるものだ。武器商人ってやつは。
 フフーフーって笑う陽気な女性だったな。銀髪の少年とか。
 詳細が知りたければヨル○ンガルドを読め。そうすれば解かるだろう。

 そうかと、少し驚いた顔をしてアーチャーは弾を机に置いた。
 そして口を開いて


 「何故、お前は理想を捨てたのだ?」


 俺の心を殴りつけた。


 「・・・そうだな。10人を助けるために1人を斬り捨てた事もある。
  100人を救うために10人を蔑ろにした事もある。けど・・・」


 思い出すのはそれぞれの地獄。
 始まりは何も出来なかった10年前。そしてそれからも、俺は何度も何処かの地獄を見てきた。


 「際限なく誰かを救いたいと願っても、それは俺には届かないんだって、解かったから。」


 けれど、何処に行っても出来ることなんて同じだった。
 味方を守って敵を殺す事しか、俺には出来なかったから。
 そんなものを目指していたわけではない。断じてないのだ。
 それは掃除屋だ。論理の圧制者と何が違う。


 「・・・私とは、やはり違うのだな。」


 「そうだな。だから俺はお前にはなれない。お前みたいにまっすぐに、俺は生きられなかった。」





                                  優しい人間がいた。



           暖かい人間がいた。




                         けど


                                 この世界は



         優しい人間に優しくない。




 俺とアーチャーの間に、小さな波紋が生まれて、消えた。


 そのまま無言でお互いの内面を触れ合った後、アーチャーは俺の隣の椅子に座った。
 いつもは凛か桜の指定席なので、アーチャーが座るには低かったのだろう。調整している。

 「暇なのか?」

 「そうではないが、今はセイバーに見張りを頼んだ。」

 そう言って俺の書いた護符や剣の設計図を見始めた。
 先刻の問答の為に、此処に来たのだろうが、もしかして・・・

 「魔具製造に興味ある?」

 図面を漁る手が一瞬だけ止まり、また動き出す。
 皮肉に歪んだ笑みを浮かべているアーチャーは「何。貴様の作がどれだけ稚拙なものか見たくてな。」とか言うが。

 「アーチャー。汗かいてるぞ。」

 ばっ!

 驚いたように額に手を伸ばして、そこに汗など無い事を悟る。
 冷めた沈黙にアーチャーは顔を逸らす。ふ、青いな・・・

 「・・・興味、あるんだろ?」

 「・・・どれだけ磨耗しようと、基本的な趣味嗜好は変わらん。」

 仏頂面で告げるアーチャー。やべ。ちょっと楽しいぞ。
 こちらを見ようとしないアーチャーの前に1つの図面を差し出す。
 それは初歩的な護符を描いたものだ。俺が練習用にひいた図面の1つでもある。
 彼はそれを手にとって眺めて、

 「作ってみるか?」

 俺の言葉に、大いに反応した。


 ・・・結局。嬉々としてアーチャーは護符を作った。


 ◆


 自分の作業が終わった時点で、工房をアーチャーに明け渡して俺は外へ出た。
 そのまま庭を横断して居間に戻ると、そこには凛が紅茶を用意していた。

 「凛。夜に紅茶を飲むと眠れなくならねえか?」

 「眠気覚ましに飲むんだからいいのよ。」

 成程。と頷いて、俺は安物の缶ビールを取り出す。
 これでも結構イケル口なのだ。ん?未成年?なにそれ強いの?

 景気の良い音を立てた缶をそのまま呷る。
 うむ。不味いな。

 「あ、そういやあの人はどうだ?まだ意識は戻らないか?」

 「ええ。よほど念入りに処置したのね。アサシンのマスターは。」

 むう・・・
 あの女性・・・遠坂の話では、聖杯戦争に参加しに冬木に来た魔術師らしい。
 たしか名前はバゼット。バゼット・フラガ・マクミレッツだったか。

 彼女がどういった経緯でアサシンのマスターに倒されたのかは解からないが、
 それでもはっきりと言えるのは1つだけ。
 魔女って奴は最高に最低な趣味と感性の持ち主と言うことだけだ。

 「腕に切断された痕。でもって令呪もねえし、奪われたのか・・・」

 「けど、それじゃあ数が合わないじゃない。」

 セイバー。アーチャー。ライダーは俺達が。
 バーサーカーはイリヤのサーヴァントだ。
 アサシン。キャスター。ランサーは不明だが、とりあえずアサシンとキャスターは倒れランサーは未だ健在。
 令呪を奪ってサーヴァントを主変えさせた?
 否。そんな事をしてもサーヴァントが弱体化するだけで意味が無い。
 10の力で稼動させる機械を、5の力で2つ稼動させても意味は無い。

 だが、それではサーヴァントの数が合わない。
 それではマスターが8人も居る事になってしまう。
 バゼットさんはサーヴァントを召喚できなかった?
 けれど、だったら此処に留まる理由が無い。
 倒されたけれど、サーヴァントは別のマスターと再契約した?
 けれど、そのマスターのサーヴァントも倒されていなければ、契約は無意味。

 ・・・導かれる結論は・・・・・・・・・・・・・駄目だ。情報が少ねえ。
 幾つかの未知が定数となって推測は出来るが──────────────そこまでだ。

 「キャスターはギルが倒したって言ってたし・・・訳がわからねえな。」

 柳洞寺に潜む魔女は片付けたと告げる少年の笑みを思い出して、背に氷解が滑る。
 あれは最悪のサーヴァントだ。あれを打倒できる英霊なぞ1人か2人いるかどうか。
 一応は勝算もある。だが、それは──────────────

 「思考が横にずれたな。話を戻そう。バゼットさんはこのまま治療していこう。」

 「なんでよ。綺礼に引き渡せばいいじゃない?」

 腕を組んでこちらを半眼で睨む凛。
 だけどそれは出来ない。何故ならそれは・・・

 「小次郎と約束したからな。」

 責任持って保護すると。

 呆れたのか、凛は溜息を吐いて


 「ええ。そう言うと思ったわ。」


 とびっきりの笑顔で、答えてくれた。

 

 ◆


 interlude

 魔女。                                      クラス
 アサシンのサーヴァントがそう呼んでいた女は、役割に恥じぬ魔術師であった。       クラス
 現代では失われた神代の言語を操り、大魔術をも最短の手順で起動させる手並みはキャスターの役割に相応しい。
 彼女は勝利を確信していたわけではない。ただ誰よりも聖杯戦争の仕組みを理解しただけ。
 だからこそ彼女は聖杯を手に入れるために策に走った。
 ・・・だが、そこにあったのは苦悩だけであった。

 彼女の“本来のマスター”は適度に優れた魔術師であった。
 ただ人より遥かに慎重で、人より僅かに短気であっただけの。

 自分より優れた魔術師を使役する恐怖。そして屈辱。
 キース・デイビスは己が不運を嘆いた。

 何故よりによって最弱のクラスを私が召喚したというのか。

 彼はいつもそう言って彼女を使役した。
 彼はいつもそう言って彼女を陵辱した。

 そうせねば彼のちっぽけな自尊心が壊れてしまったのだろう。

 だが、彼は間違えた。

 彼女の真名を聞いただけで、彼女の全てを決定してしまった。
 それこそが彼にとって最たる不幸。

 彼女は、真実悪人などではなかった。
 その性根は決して“魔女”などと呼ばれるものではなかったのだから。

 キース・デイビス。
 極東の地で発生する聖杯を求めて参戦した外来の魔術師。
 土属性。若輩の身でありながら一族の業を背負う男。
 実力としては中堅といったところか。

 彼は負けぬ自信もあったし、勝ち残るだけの実力もあると自負していた。


 ──────────────彼女を召喚するまでは。


 成程。たしかにキャスターのクラスに相応しい魔力と技能。
 だが所詮は裏切りの魔女。そんなものを信ずる事などできるはずもない。

 そう言って、彼は悉く彼女を無視した。

 安全な陣地を確保し/もっと優れた霊地があった。
 自身の使い魔に探査させ/彼女ならもっと広範囲の情報を集められた。

 無残なものだった。
 彼女との会話など令呪の使用で1度だけ。
 それ以外は人形のようにあつかった。

 人形を殴って何が悪いとばかりに彼女の頬を殴った。
 人形が痛みを感じるものかと劇薬を与えた。
 人形が苦しむものかと毎夜、毎晩陵辱し続けた。

 そして、彼女は諦めた。己のマスターを諦めた。
 だから、彼女は己の宝具をもって彼を殺した。
 裏切り、裏切られた少女は此処でも人に絶望させられたのだ。



 ──────────────だから、あの出会いは奇跡の類に違いなかった。



 だけど。


 ああ、だけど。


 「──────────────殺しましょう。」


 この黄金のサーヴァントの前に、奇跡など幻想だと破壊されてしまった。


 突如現れた、在り得ない筈の第八のサーヴァント。
 それが奇妙な大剣を地に突き立てた瞬間。蓄えた魔力は根こそぎ剣に奪われてしまった。
 神殿にまで昇華した彼女の陣地は、たった1振りの剣に破壊されてしまったのだ。

 これでは空間転移も固有時制御も使えまい。
 彼女の主を守る手段が激減し焦るものの、彼女は何も出来なかった。

 「ま、待って!マスターは・・・!!」

 「ええ。どうも貴女が巻き込んだ・・・いえ、利用した一般人のようですね。」

 彼女の焦りをどう感じたのか、彼は対峙する男を眺めて


 ──────────────ぱちり


 指を鳴らした。


 途端に襲う武具の雨・・・否。それはもはや嵐の如き死の奔流であった。
 剣が、槍が、斧が、鎌が、鏃が、鎚が、瀑布となり男を飲み込んで圧搾していった。
 あとに残るのは地に立つ武具と原型を留めぬ『人であったモノ』の残骸のみ。

 魔女は墓標のように突き立つ武具の群れに、呆然と近づき、血に足が触れた。

 「宗、一郎・・・様?」

 信じられぬと、在り得ないと、自身すら騙せぬ虚偽を魔女は口から溢していた。
 その血は彼のものではない。その残骸も彼のものであるはずがない。
 容易く首を落とせる魔女を見ながら、英雄王は淡々と口を開く。


 「彼が死んだのは貴女の責任です。貴女が、彼を戦場へ連れ出したのだから。」


 弾劾でもなく、糾弾しているわけでもない。
 彼はただ事実を告げただけ。
 魔女が恐れた可能性を現実のものにしただけ。

 だがそれは必定。此処はそういう場所なのだから。

 真実大切なものならば隠しておけばよい。
 心底失いたくないなら巻き込まなければよかった。
 原因はそう。すべて彼女の選択だ。
 戦場に連れてくるべきではなかった。彼を愛していたのなら、大切だったのなら。
 彼女程度の実力では聖杯戦争は生き残れまい。

 だからこれは必然。度し難い選択をした彼女の責。

 そして


 「じゃあ、さようなら。」


 ぱちり


 ざくざくぐちゃり。ざんざんぱきり。ぽたぽたぱたり。





 「どうも、キャスターはマスターを殺していたみたいですね。流石は裏切りの魔女だ。」



 そう告げる少年の手には1冊の本。
 遍く指し示す万象と呼ばれるそれは、瞬時にキャスターについての情報を表示し始めていた。


  ・クラス:キャスター
                  ・真名:メディア。
     ・マスター:葛木宗一郎。
                                ・─────────故にアサシンを
 ・アサシンを攻撃する事は禁──────────────・・・・・・・・
            ・マスターである葛木宗一郎に愛──────────────


 それを、最後まで読む事も無く“蔵”に戻す。


 「さってと、お兄さんの苦手そうな相手を片付けた事ですし、帰りましょうか。」





 そして、境内からは、誰もいなくなった。

 ただ、朽ちた殺人鬼であったものと、風化した女の残滓だけが残っていた。




 interlude out


 ◆


 結局、結論などでないまま凛とは別れて眠ることにした。
 確かなのは、倒れたサーヴァントは未だ2人しかおらず、未だ俺の日常を脅かしていると言う事だけ。

 「・・・ま、それでもいいペースだな・・・」

 学校の結界。ランサーのマスター。ギルガメッシュの本意。凛と桜との決着。そして臓硯。

 考えなければならない事項は多いが、不確定な事象も多い。
 下手に刺激して藪から蛇どころか獣がでてきても笑えねえ。
 
 布団の上で天井を眺めて、しばらく呆としていると

 「シロウ。起きていますか?」

 襖越しに、セイバーの声がした。

 「起きてる。なんかあったか?」

 「その・・・アーチャーがシロウに話があると言っていたので、シロウが無事か確認を。」

 ああ、なるほど。
 けどそんなの杞憂ってもんだぜ?あいつは俺を殺したところで、消滅しないって理解してるんだから。

 布団から身体を起こして、机の引き出しを漁る。
 香を用意しようと思ったのだが、なかなか見付からない。



 かわりに、小さな、黒く変色した、リボンを、見つけた。



 「──────────────・・・」

 鼓動が加速していく。血流が加速する。思考が加速していく。
 臓腑が凍結していく。血潮が凍結する。脳裏が凍結していく。

 駄目だ。これは“まだ俺は知らない”。
 だから都合が悪い。矛盾。矛盾。危険。警鐘。

 ──────────────

 ──────────────

 ──────────────

 ───────「 ロウ?」

 「っつ・・・!」

 気がつけば、すぐ傍にセイバーがいた。
 あれ?何でセイバーが此処にいるんだ?
 あれ?俺は何をしてたんだっけ?

 「シロウ、顔色が優れませんが・・・何かあったのですが?」

 「え?いや、なにもねえよ?」

 うん。体調なんて特に悪い場所なんてない。
 だって言うのに俺は何をしてるんだか。アホらし。

 “いつのまにか”手にしていた香に火をつけて香炉に収める。
 今日は何故か無駄に疲れた気がする。これで熟睡したいものだ。

 「良い香りですね。」

 「ああ。ま、香りもポイントだけど、効能もいいんだぜ。」

 セイバーと会話しながらも、俺の手は引き出しを閉じた。
 大した物などさして入っている訳でもなし。滅多に開ける事もない。
 


 だから、俺は、何も知らない。



 ◆


 ・あとがき・・・っぽい会話。       「ねえ。」       ・なんだよ。つっこみは拒否するぞ、律。       「それHNになってるからあんまり書くな。でなくて、何さ。キース・デイビスって。」       ・うむ。私が捏造したキャスターの本来のマスター。        慎二とは別種の僕様さん。私は歪んだ人が大好きデース!        でもキャスターと葛木は死んじゃったのでもう登場しまセーン!        魔女と侍の関係も投げっぱなしだヨ?       「君が異常者だしねって伏線は回収しなよ!!あと蟲蔵の嘘情報とか!!」       ・うっさい。知るかボケ。        あと更新したんだから書庫の鍵を返せ。資料が見れねえだろうが。       「完結したら返してあげるよ。頑張ってねー」       ・ブチ犯すぞ、てめえ?       「やってみなよ、駄犬?」                             2007/05/10(律のアパートでの会話より。)
もりもり元気が湧いてくる!