Fate「無限の世界」Act.13

〜日常(?)〜





 ◆


 小高い丘の、朽ちた祭壇に磔にされた自分を俯瞰して、窓から見える広大な世界を眺める
 そこは美しく壮大で、しかし醜く嫌悪しかなかった。

 (・・・ああ、これは夢だ。)

 自覚してしまえば、存外に楽しいものではあった。

 麓の村の営み。

 自分を蔑みながらも恐れる村人。

 幾星霜の時が過ぎて、そこに村が無くなってしまっても。

 世界を憎悪し嫌悪していても。


 ──────────────それでも、世界は美しかった・・・


 (そうだ。世界は・・・)

 「美しくなんかない。」

 見下ろす。朽ち果てた祭壇で、腐った身体を崩しながらもこちらを見上げる自分がいた。
 すでに腐れて落ちた喉で言語など操れるわけもないのに、確かにその声は届いてくる。

 「お前が望む世界など、表面だけ取り繕った偽者だ。」

 (そんなことは解かってる。)

 「お前が見た人間など、外殻だけ飾り付けた偽者だ。」

 (そんなことはない。)

 「お前が人を助けたいと願うのは、」

 (お前が人を殺したいと望むのは、)


 『所詮、他者から与えられた願望でしかないと知れ。』


 目が覚めた。


 ◆


 目を開けてみると、最初に飛び込んできたのは2つの突起。なんだこりゃ。
 本能が警鐘を鳴らしているのだが、呆けた脳はそれに気付かずに突起に手を伸ばしていた。

 ──────────────ふに。

 「きゃ!?」

 ・・・?なんだこれ?あ、でも触り心地はいいなあ・・・昔触れた粘性生物にも似てるけど。
 掌に収まらぬ突起をなんとなく弄っ──────────────!!!!!!!!!!!!!!!

 慌てて上体を跳ね上げ、横へ身体を捻る。
 数瞬遅れて俺の身体があった場所に魔力塊が叩きつけられた。

 「・・・ぬ・・・?」

 虚ろな思考で周囲を見回すと、不貞腐れた表情の凛とイリヤ。無表情なセイバーがいる。
 よくよく見れば、ここは弓道場で・・・ん?生徒会室でイリヤに護符を渡してから現在までの記憶が無いぞ?

 「・・・む・・・?なんでもう夕方・・・なんだ?」

 窓から朱に染まる校舎が見える。おかしいな。今まで寝てたのか?
 長時間寝ると頭痛がして目が覚めるんだけどなあ・・・俺。

 「シロウはリンとサクラに──────────────むぐ。」

 「よせセイバー。君とてあのような思いはしたくはあるまい。」

 セイバーとアーチャーが何か話してるようだけど、俺には関係ない話みたいだし放置。
 あと桜の顔が真っ赤だ。比例するように凛も真っ赤だけど。何故か要因は別種ではないかと思う。

 「・・・まあ・・・いいや・・・あ・・・ふ・・」

 眠い。無駄に眠い。桜が手を広げて「カモン、ベイビー?」と膝を提供してくれている。
 だから再びその枕に頭を乗せて眠ろうとして──────────────

 「いい加減に目を覚ましなさい!」

 「んぎ!?」

 後頭部に衝撃。頚骨が前にずれる錯覚と激痛。ほ、星が見えたぜデススター!!
 あまりの痛みに床に蹲ってしまう。ちゅーか悶絶してしまう。

 「っく、シロウが弟子になってから拳のキレが上がってしょうがないわね・・・」

 「なんでさ・・・!」

 かなり理不尽な言葉を吐きながら、己の手を眺める凛を睨む。
 ・・・が、すぐに目を逸らす事になった。危険な角度だから。

 「姉さん。見えますよ?」

 キャー!桜!余計な事を言っちゃ駄目!俺の危険値が更に上昇しちゃうから!!
 桜の言葉の意味が瞬間理解できず首を傾げるが、優秀な脳は即座に解答を導き出したらしい。
 ざっと後ろに下がってスカートを抑える。あ、ちょっと泣きそうな顔だ。

 「・・・見た?」

 「ぎりぎり太腿までしか見えなかった。」

 誤魔化したら再審も無く死刑判決が下される遠坂法廷が恐ろしいので事実を即答する。

 「──────────────っ!!」

 あ、しまった。誤魔化さなくても私刑になるんだった。
 凛の足が上がって・・・

 「死ね!死んでしまいなさい!!」

 俺の頭に落とされた。べき。がす。ごっ。がん。ごぎ。めきゃ。がっ。ばぎ。べきゃっ・・・
 日本語ってすごいや!こんなにも俺の危機を表現できるなんて!!
 ついでにバミューダ海域並に危険な3角地帯も見えているのだが、即座にそれは足裏に遮られた。

 「Oh・・・Yes.ままなりませんねー・・・」

 現実復帰した意識が今度は涅槃にでも旅立てそうだ。痛いってば!!
 床に叩きつけられる頭部がついに軋み始めて、ようやく開放された。

 「はぁ、はぁ・・・」

 「・・・お前な、本気で殺す気か?」

 「あの、シロウ。大丈夫ですか?」

 セイバーの優しさが沁みるなあ・・・でもそう思うなら助けてくれ。マジで。
 とりあえず腕時計を見て時刻の確認・・・・・・・って、おい。もうこんな時間じゃねえか。

 「心配するな、衛宮士郎。結界は発動していないし、生徒達は帰宅を始めている。」

 「そういや下校時刻が早まったんだよな。サンキュ。」

 安心して腫れてきた頭部を治療し始める。霊符の『凍結』魔術を低威力で発動させて、
 一緒に取り出したバンダナで霊符を頭に巻き付けて腫れを冷やす。あー、気持ちいい。

 「人払いの結界を張りながら、刻印の魔力を除去してから帰るか。」

 よっこらせ。あたた・・・身体の節々が軋むんだが・・・何故・・・?
               セラ
 「ね、シロウ。今日は帰るわ。侍女達が待ってるみたいだから。」

 手に白い鳥を休ませて、イリヤが告げた。
 まあ、多分アインツベルン製の擬似生命だろう。それに返事を持たせて飛ばせる。

 「ん。気をつけてな。ちゃんと危ないと思ったら────────────」

 「うん。シロウを呼ぶわ。これを使えばいいんでしょ?」

 俺が渡したミニ莫耶を取り出して、丁寧にポケットにしまう。
 よしよし、と頭を撫でて、校門まで送ろうと弓道場を出ようとして、振り返って凛を見る。

 「・・・?何よ。」

 けろっとした顔で視線を返す凛だが、俺の言葉で凍りついた。



 「凛。黒のレースとガーターはまだ早いと思うぞ。」



 ガンドが飛んで来る前に、イリヤを抱えて逃げ出した。


 ◆


 手早く3人で構内を回り、刻印から魔力を除去していく。
 俺とアーチャーの解析があれば精確な位置など容易く検知できるので、2手に別れた。

 俺はセイバーと桜をつれて、屋上から下へ向かう。
 凛には外を回ってもらっている。分業、分業っと。

 「サクラ。貴女はサーヴァントを連れていないようですが・・・?」

 セイバーの疑問が桜に向けられる。俺も桜がマスターだとは解かるが、サーヴァントの気配は掴めないでいた。

 「ライダーは兄さんについてます。」

 「あー、慎二に護衛をつけてるのか。・・・あいつ絶対に参加しようとするだろうしなあ。」

 令呪のシステムを構築したのは間桐だったよな・・・
 だとしたら、裏技の1つくらい持ってそうだな。要注意・・・と。主に蟲爺を。



 「いえ、護衛じゃなくて、仮のマスターとしてライダーを預けてるんです。」



 ・・・・・・・・えあ?

 「えっと、つまりあれか。慎二、聖杯戦争に参加してんの?」

 「はい。」

 「・・・そっか。」

 正直、ちょっと気分が沈む。俺はあいつを殺したくない。だからこんな糞遊戯に参加などしてほしくなかった。
 ま、殺す必要はねえんだし、なんとか捕獲って方向で・・・

 「セイバー、悪い。ライダーのマスターは捕獲する。難易度が上がるけど、頼む。」

 「・・・甘いのですね。シロウは。」

 「阿呆。友達を殺したがる奴は異常だ。俺は殺人狂じゃねえ。・・・大差はねえかもしれねえけどよ。」

 多くの救いを求める声を無視して助かった俺は、その親戚のようなものだ。きっと。
 刻印を桜に除去してもらって、次の刻印へ向かう。

 「・・・桜。最後まで、慎二の味方でいてやってくれ。頼む。」

 「・・・いいえ、最後の最後で兄さんが助けを求めるのは、きっと私じゃありません。」

 足を止めて、振り返る。


 「きっと、最後に助けるのは、先輩なんだと思います。」


 まっすぐな視線を、逸らさずに受け止める。
 いつもの微笑なのに、今は何故か、とても美しいものに思えた。いや、いつだって綺麗だとは思ってたけどさ。

 「・・・努力するよ。」

 「はい。お願いしますね、先輩。あ、それと明日から私は兄さんの味方ですから。」

 「ふーん。そっか。桜は俺より慎二を選ぶんだー」

 結局。シリアスな空気など払拭して、軽口を楽しむ事にした。


 ・・・そんな俺達を、セイバーは静かに無表情に、眺めていた。


 ◆


 『不満そうだな。セイバー』

 『・・・シロウ。貴方は聖杯戦争を楽観している。それでは危険だ。』

 『違うね。楽観してるんじゃねえ。俺は怖がってるのさ。』

 『恐れ?それこそ──────────────』

 『俺は誰かを殺す事も、誰かに殺される事も覚悟してる。魔術に係わる、こちら側の人間なら
  当たり前の覚悟だ。だからアサシンも倒したしランサーだって殺すつもりで戦った。』

 『けどな、怖いんだよ。もしかしたら、誰かを巻き込んで死なせてしまうんじゃねえかって思うと、
  怖くてしかたねえ。恐ろしくてしょうがねえんだ。』

 『それを恐れて、そのせいで犠牲が生まれる事もあります。』

 『そうだな。そうならねえように、努力するさ。スマン、面倒なマスターで。』

 『あ、いえ。シロウの気持ちは理解できる。ですが、貴方も大事です。それを理解してください。』

 『そうだな。セイバーに聖杯を渡して、イリヤに許してもらうまでは死ねないからな。』


 ◆


 結局。全ての刻印から魔力を除去した頃には、完全に日が落ちた後であった。
 これで結界が発動しても、すぐに溶解吸収とはならないだろう。僅かなラグで俺が結界を覆せばいい。

 「やべ、はやく帰らねえと藤ねえが暴れそうだ。」

 鞄を肩に担いで、とっとと帰ろうと家路を急いで、

 「・・・なーんで全員行き先が同じなのかな?」

 振り返る。凛は交差点で道が別れる。こっちは俺の家だ。
 俺の視線など平然と受け流して、

 「ん?今日は疲れちゃったし、ご飯を用意するの面倒だから。」

 とか赤い悪魔様がのたまいやがりました。

 「食費を入れてくれてる桜はともかく、凛に食わせるほどうちに余裕はねえぞ。特に今月は。」

 「嘘吐き。セイバーにまでご飯を用意してるくせに何言ってるのよ。」

 「ば、お前な!セイバーは俺を守ってくれてるんだから当然だろ!!」

 「あら?だったら共闘関係にある私に対価を払ってもおかしくはないわね?」

 ええい、ああ言えばこう言う奴め!
 冷蔵庫の貯蔵を思い出しながら計算してみる。足りるな。うん。

 「・・・等価交換だってんなら、凛こそ飯の対価分働いてくれよな。」

 「ええ。わかってるわよ。ね?アーチャー?」

 「私が働くのかね!?」

 わお。超理不尽。ジャイアニズムならぬトオサキズムってか。最高に最低だね。
 しかたねえからぞろぞろと家まで帰って──────────────

 「・・・シロウ。サーヴァントです。」

 セイバーの言葉を理解した瞬間。脳裏に浮かぶ1つの顔。
 血が降下していく錯覚。それを自覚しながら屋敷の内部を解析する。

 「──────────────っ!!」

 居間に2つの気配を確認した途端に、吐き気がするほど脳が沸騰した。
 両手に歪な双剣、右歯噛咬と左歯噛咬を投影して走り出す!

 「ちょ、士郎!待ちなさい!!」

 知らない。聞こえない。無視。遮断。必要な情報のみを収集せよ観測せよ解析せよ!
 走れ疾れ奔れ!!急げ!不安も絶望も無視して脚を前に出せ!!
 ふざけんな!ヤメロ!あの人に手を出すな!!無関係なあの人を巻き込むな!!
 もし手を出してみやがれ、この身がどうなろうとも必ず因果の果てまで滅ぼして───────────!!

 門を超えて玄関の扉を遠慮容赦なく蹴り飛ばす。
 勢いを殺さずに廊下を走り抜けて居間に飛び・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「あ、おかーえり、しろー」

 「お帰りなさい、お兄さん。」


 ──────────────口から魂が抜け出ていった気がした。いや本当に。


 手の双剣を廊下の果てに投擲して藤ねえの目から遠ざける。
 蛇がうねる様な軌跡で壁に突き刺さったそれを無視して、『来客』の姿を確認する。

 黄金の髪。通常ではありえない真紅の瞳。圧倒する存在感。
 ──────────────英雄王。ギルガメッシュ。

 とは言ったところで既知の間柄だ。藤ねえも笑顔で相手をしている。
 ほっと、止まっていた呼吸を再開すると後ろから激しい足音が多数。

 「シロウ!単独で突入するなど・・・!下がってください!!」

 「っく、無事か!」

 ・・・・・・・完全武装の2人が、居間に飛び込んできた。

 煎餅を齧った姿勢のままそれを眺めた藤ねえは、



 「・・・お祭り?」



 冷ややかな空気が、駆け抜けていった気がした。


 ◆


 なんとか藤ねえの見た2人の姿を誤魔化して、ついでにアーチャーの事も適当に紹介して事無きを得た。
 フライパンに鶏肉を投げ入れて、荒れた心を誤魔化す。料理に集中してる・・・つもりになる。

 居間では不機嫌そうなセイバーが笑顔のギルガメッシュと睨み合っていて怖い。
 ついでにその横で藤ねえと談笑しているアーチャー。その笑顔が無駄に怖い。

 (・・・言峰の奴・・・何を考えてやがる・・・)

 ギルガメッシュは前回の聖杯戦争で召喚されたサーヴァントだ。
 昔、用事で言峰を訪ねた時に知り合って以来は下僕扱いされたり飯使いだの雑種だのと言われたりしたのだが。
 言峰の奴が聖杯戦争の監視に使うとか言っていたのを思い出す。
 そういや参加したって伝えてなかったな・・・けど向こうには霊基盤があるんだからいいじゃねえか。

 ・・・ま、あいつに定石とかセオリーとか求めるほうがどうかしてる。
 どうせ奴の目的の為に動き出したんだろうさ。それが俺の大切なものを侵さなければどうでもいい。

 適当にでっち上げた夕食を運び込む。
 ふと人数が少ない事に気が付いて、あたりを見回すも視認できる範囲にはいないようだ。

 「アーチャー、凛と桜は何処に行ったか知らねえか?」

 「む?彼女達なら部屋に行くと言っていたが?」

 「サンキュ。ちょっと呼んでくるから、虎が食べないように見張っててくれ。」

 「言われるまでもない。」

 「ちょっとー、お姉ちゃんちゃんと待ってるぞー!?」

 虎の戯言をさっくりと無視して廊下へ出る。ついでにセイバーとの念話を繋げておく。

 『セイバー、とりあえずギルと喧嘩しないでくれな?』

 『・・・解かりました。』

 わお。すっごい不満そうな返事ですこと。
 けど駄目ー、喧嘩されたら屋敷どころか町が消えそうだから駄目ー

 んなわけでとっとと凛に魔改造されてしまって、簡易工房となってしまっている客間に向かった。


 ◆


 「聖杯戦争。始まっちゃいましたね。」

 先輩に夕飯の準備を任せて、私達は姉さんの部屋で今後を話し合っていた。

 「・・・先輩を・・・守りきれるでしょうか・・・」

 不安。だって相手は──────────────

 「守るわ。相手が  だとしても、私の弟子を破滅させたりなんかしない。」

 「姉さんだけの先輩じゃないですよ。私の師匠でもあるんですから。」

 料理の師匠であり弓の師匠。そして、私を救ってくれた大切な人。
 あの蟲蔵から開放してくれた恩人だから。

 だから、戦うと決めた私の誓い。

 その為の準備もしてきた。ライダーだって助けてくれるって言ってくれた。
 荒野を一人行くあの人の背中を、ただ見守るなんて出来そうにないです。

 「そういえば桜。もう身体のほうは完治したみたいね。昼にあれだけ魔術行使しても影響ないみたいだし。」

 姉さんの言葉に、無意識に胸に手を当てる。
 服の下、心臓の上には小さな傷跡が残っている。

 「はい。腐っても遠坂だったみたいです。」

 「腐ったとか言わないの・・・怒るわよ?」

 厳しい視線が、すごく嬉しい。

 私達は、普通の姉妹ではいられなかったけれど──────────────

 「すみません♪」

 「まったく・・・本当は、髪と眼も戻せればいいんだけど・・・」

 けれど──────────────

 「いいんです、このままで。」

 ──────────────やっぱり、私達は姉妹だったんだ・・・


 こんこん。


 部屋の扉が叩かれた。


 ◆


 あとがき・・・という名の問答。    ・さて。    「待ちい。なに逃げようとしてるん?」    ・「それぞれの夜に」で書いた、蟲に食われてる人が実は桜じゃなかったって事実からです。        ハ イ ル    「・・・乞い願う・・・」    ・ヤドリギはヤメテー!!刺さる刺さるから!!    「なに、桜さん無事なん?」    ・それは今後のお話で♪    「・・・手綱、しっかり握っとき。」          ──────────────夜へ──────────────
もりもり元気が湧いてくる!