Fate「無限の世界」Act.12

〜油断大敵っぽいです。〜





 ◆


 毎朝の恒例行事となってしまった虎の餌付け・・・ではなく、藤ねえの襲撃を朝餉で避わし、
 桜と共に朝の道を歩いていた。凛は少し遅れるっぽい。朝に弱すぎるぞ、凛。
 イリヤもぐっすりと眠っていたので、アーチャーとセイバーに任せてきた。喧嘩は駄目ヨー?

 「先輩、今日はどうするんですか?」

 どうするかと言うのは、俺の予定の事だろう。
 穂群原の備品修理を一成に依頼されて以来、その手の頼み事は俺にやらせりゃOKという認識があるらしい。
 まあ、別に俺が出来ることなら喜んでやるけどさあ・・・少しは自分で努力してくれ。
 そんなこんなで俺の朝は部活と慈善活動のどちらかになるわけなのだが・・・

 「部活しとこーかね。頼まれた修理は終わってるはずだし。」

 「Yes!!」

 桜が何か呟いたようだが、よく聞こえなかった。何故にガッツポーズなんぞしてるのかね桜?
 そして校門を抜け──────────────

 「・・・うぇ・・・」

 酷く空気が甘ったるい。毒花の蜜を泳いでいるような錯覚。
 確実に結界は魔力を蓄え力が増していってるみてえだなあ・・・最悪。

 「結局、昨日は魔力の抽出も出来なかったし、今日はやっとかねえとな。」

 「先輩でも、結界を破壊できないんですか?」

 意外だと桜が驚く。あのな、桜。俺の投影を魔法かなんかと勘違いしてねえか。
 実際に嗅覚が侵されているわけでもないが、感覚で捉える結界の影響が臭いとして訴えてくる。
 それが堪らなく不快で、効果などもちろんないのだが、鼻を袖で押さえる。

 「いや?後の事を考えなきゃ破壊は出来る。」

 「?じゃあ、何でそうしないんですか?何か問題が?」

 「力技なんだよ。この結界が食い込んでる霊脈に影響がでたら凛の責任が問われちまうしな。」

 冬木の地は、あの蒼崎ほどではないが一級の霊地。その管理を任されている遠坂家に泥を塗る事はしたくねえし。
 ・・・わかってるよ。学校の人間の命のほうが大事だって事くらい。
 だからこうして早く登校してるんじゃねえか。発動した瞬間に対応できるように、さ。

 それにだ。霊脈をガタガタに傷付けたほうが怖いんだよ。
 湖は湧き水と、それが流れる出口があるからこそ澄んでいられるんだ。
 出口を塞いじまえばそれは澱んで腐れて沼に成り下がる。
 霊脈ごと結界を破壊したら、その反動でヤバゲな地震とか、質の悪い悪霊とかを呼び寄せる原因になりかねん。

 纏わり付く不快な魔力を振り払って弓道場へ急ぐ。あ、そうだ。
 鞄に手を入れて小さな陰陽を体現する夫婦剣のお守りを取り出す。大きさはストラップ程度だ。

 「桜、これやるよ。前に渡したのは対魔力と『幸運』のお守りだけど、これは退魔。
  この結界が発動してもレジストできるから、緊急ならこれ使ってくれい。効果範囲は半径3mくらいだけど。」

 「・・・ありがとう、ございます。」

 ?なんですかねその間は?まあいいや。

 「ああ、それと剣の片方をこっちのと交換してくれ。」

 「えっと、どっちでもいいんですか?・・・じゃあ黒いほうを・・・」

 「黒いものを遠ざけるってのは意味深だよなあ・・・意味無いけど。」

 む、っと睨まれる。あははは、可愛らしいね。いや深い意味はねえけど。
 キーホルダーに夫婦剣のお守りを取り付けておく。

 「これ、夫婦剣でさ。」

 「ふ、夫婦デスカ!!」

 「うん。お互いが離れても再び出会うって絆があるんだ。だからこれに魔力を・・・桜?聞いてっか?」

 急に俯いてしまった桜の顔を覗き込む。うわ、真っ赤じゃねえか。
 慌てて額に手を当てる。・・・熱っ!!

 「調子が悪いなら無理して部活に──────────────」

 「先輩!私、お供しますから!!」

 「へ?・・・あ、ああ。けど、今日は買い物には行かねえ・・・んだけど、よ。」

 何故だか暴走しまくっているのか、俺と会話がまったく成立してくれない桜さん。
 やたら頼もしく射場へ入っていった。・・・おーい、説明がまだすんでねーよ?

 「・・・まあいいか。」

 ま、説明ってのおまけみたいなもんだし。別にいいか。
 さーて、今日は平和に過ごせるといいなー、いやマジで。


 ◆


 足踏み・胴造り・弓構え・弓起し・引分け・会・離れ・残心。
 俺の弓は、道を説く弓道と呼べるような代物ではないが、それでも基本たる射法八節を無視している訳じゃない。

 ・・・中るのは必定。外れるのならば、それは何処かで失敗しているだけだ。

 弓道が精神性を重んじる武なら、俺が引く弓はただの技術。
 やっぱ俺が人に指導するのは著しく間違ってる気がする。

 「へえ、今日は随分と調子が悪いみたいじゃないか、衛宮。」

 礼を済ませ、後ろで待っていた部員と換わるように下がると、楽しそうな綾子の顔があった。

 「・・・そうさな。情けないかぎりだ。」

 先程から、矢が真芯を僅かにずれているのを見抜いた綾子の発言に肯定で返す。
 そのまま綾子の横を過ぎて弦を外しにかかる。・・・よっと。

 「なんだ、もう終わりかい衛宮。だったら僕の弓も頼むよ。」

 「あのな慎二。自分の弓くらいちゃんと面倒みてやれ。」

 とか言いつつも、しっかり慎二の分まで外してやる。
 そうして、自分の調整は切り上げて、他の部員達の射を眺める事にした。
 のだが、今度は桜がやってきた。

 「・・・あの、先輩。調子悪いって部長が言ってましたけど・・・」

 「んー・・・別に体調が悪いわけじゃないぞ。単に気分の問題だから、怪我する前に撤退したのだよ。チミ。」

 そう言いつつも、心。つまりは精神の内側では1つの作業に没頭していた。

 (創造理念の鑑定・基本骨子の想定・構成材質の複製・製作技術の模倣・成長経験の共感・蓄積年月の再現。)

 宝具級の幻想を完璧に投影しきるには錬度が足りないのが実情。
 なら日々鍛錬で精度を僅かでも上げていくしかないのである。
 工程を繰り返して精度を上げて、より正確な設計図を書き上げていく。時には改良・改悪もするが。
 今描いているのはランサーの槍。ゲイボルクの図面自体は継承した情報の中にあったのだが、
 昨夜見た情報で、より上位・完璧な複製を試みる。ワンランク下がるなどという無様を曝さぬように。

 まあ、結局のところ。
 真作を上回る贋作なぞ、未だ作れた事などないのだが。


 ◆


 interlude

 郊外に位置する言峰教会。その聖堂の扉を開けて、外へ向かう人影一つ。
 黄金の髪。在り得ない真紅の瞳。人でもサーヴァントでもないもの。

 彼の名を、最古の叙情詩は記す。即ち半神半人の王、ギルガメッシュと。

 「よっと、言峰は・・・自室ですね。」

 ただし、その姿は愛らしい子供であった。また若返りの薬をのんだのかよ。
 きょろきょろと周囲を確認して、一目散に駆け出す英雄王(幼)。
 目指すのは明日への希望。今日を生きる為の第一歩だ。うん。本当に嘘。

 「ランサーさんに心臓刺されたらしいけど、大丈夫かなあ・・・」

 『我の許可なく死ぬなど許してはおらぬ。』

 うわー、超ゴーマーン。全開なのかもしれない。むしろ全壊しているのかもしれんが。
 坂を駆け下りながら、なんとなく呟くプチガメッシュ。
 そのまま橋を渡り柳洞寺を目指す。

 「ま、別に言峰に止められてる訳でもなし、頑張るお兄さんにちょっとしたご褒美です。」

 そう言って速度を上げていく。見た目は子供、正体は英霊なのである。
 あっと言う間に石段の前まで辿り着く。それで息ひとつ切らしていないのだからマジ化け物じみてますね。
 てってけ石段を上る。表情は相変わらず長閑なものだ。

 「でも問答無用で殺すのはお兄さんの主義に反するんですよねー」

 ・・・飛び出た台詞は酷くアンバランスではあったが。

 『は、王たる我が雑種の主義に従う必要などない。行くぞ。』

 「あーもう。ちょっと引っ込んでてください。退屈だからって僕に丸投げしたんですから、
  今は僕の自由にさせてもらいますよ。ちゃんと遍く指し示す万象に記録もしてありますからね。」

 『・・・王に二言はない。好きにするがいい。』


 英雄王(大)、英雄王(幼)に言い負かされるの図。やはりうっかりは後天的なものなのだろうか。


 「さて、神殿に引き篭もっていても無駄ですよ。キャスター。」


 そう言って、彼は王の財宝を展開して示威する。邪気のない笑顔で。


 「貴女のマスター・・・葛木って言いましたっけ?彼を──────────へえ・・・」


 言葉を遮るように放たれる魔力弾。純度にしてAランクに該当する一撃を、神秘の盾で事無げに防ぎきる。
 そうして現れた紫のローブに身を包む裏切りの魔女を眺めて、彼は告げた。


 「さて、ちょっとお話しませんか?」


 「──────────────どういうつもり・・・?」


 慎重に意図を探るキャスターだが、もとより答えなど1つしか有り得なかった・・・


 interlude out


 ◆


 「・・・・何か平行世界を超えて『ざまあみやがれ!!』って声が聞こえたような・・・?」

 「・・・・何故だか私も『よくもあんな服を着せてくれましたねクスクス』って声が・・・?」

 「何を訳の解からないこと言ってるのよ。ほら、そっち詰めて。」

 昼休み。3人とも屋上で集まって食事を始めていた。今日はちゃんと桜もいるぞ!!
 因みに今日の弁当はアーチャーの作。何故だか知らないが、今朝は用意してくれたのだ。

 俺はその弁当からおかず・・・卵焼きをひとつ取って食す。

 「ぬ。」

 「どーかした士郎?」

 俺が呻いた事に、何事かと2人の視線が集まる。のだが、むう・・・

 「・・・俺より上手いじゃねえかよ、アーチャー。」

 悔しい。眉を寄せて、その味を噛み締める。
 冷めているのに、なんと上手いのか。くそう。弟子にしてくれ!はは、ありえねえ。

 「え?なにこれあいつが作ったの?」

 「先輩の味だと思うんですけど。」

 「ぷじゃけるなよ。俺の料理とは、悔しいけど天と地の差があるじゃねえか。」

 今度は鮭の切り身を一口・・・っく、これも負けだ!!ご飯が上手えじゃねえか!!
 そんな俺を眺めて、首を傾げる凛と桜の両名。彼女らも弁当に箸を向け、

 「・・・?士郎と同じ味だと思うけど・・・」

 「ですよね、姉さん。」

 理解できぬと怪訝な表情。念の為に俺の弁当から食べてもらっても、その顔は晴れることはなかった。

 「んー・・・自分の料理って、やっぱ違って感じるものなのかもな。体感より精感の問題で。」

 「あ、それ解かります。」

 「ふーん・・・そんなものかしらね・・・」

 まあ、未来の自分の料理を口にする機会なんて普通はねえしなあ。
 こればっかは共感しにくいかもしれねえ。

 それから適当な会話をしながら昼食を楽しんでいたのだが、

 「そういえば、昨夜はなんでイリヤと喧嘩してんだよ、凛。」


 ──────────────べきっ


 凛の手元から不思議な音。箸(黒檀)一膳、ご臨終・・・
 それを黙って受け取って、投影の応用で修理。同時に強化する。硬度7.5、タングステンと同程度だ。
 これを強化無しで圧し折ったら師弟の縁を切ろうと密かに誓う。それはもう人間じゃねえ。

 ・・・硬度とは誤解されがちではあるが、単純に「叩いた時に壊れるか?」というものではなく、
 「引っかいた時の傷のつき難さ」を指す。最硬度10のダイヤモンドだってぶっ叩けば砕けるのである。
 それに、硬度は相対的な数値で、同じ硬度だからって同じ硬さというわけでもねえのだ。

 「今日のトリビアでした。」

 「誰に言ってるんですか、先輩。」

 何処かの誰かに、さ。桜君。ははは。
 修復された箸を受け取った凛は不機嫌そうに眉を寄せて、

 「・・・ちょっとね。って言うか衛宮君?私、あの娘と貴方が知り合いだったなんて聞いていないのですけれど?」

 久々に優等生の仮面を被って告げる赤い悪魔。
 『私、不機嫌ですよ?』とこめかみに血管が浮いているのがキュートだ。

 「そりゃ言ってねえし。」

 「なんで言わないのよ。」

 ははは、もう仮面を投げ捨てましたよ?限界早くね?

 「だってアインツベルンのマスターって説明したら、凛って戦うだろ。師匠と姉が戦うのは、困る。」


 『・・・姉?』


 「うん。姉。姉さんですよ?」

 ・・・何故だか蟲を見るような目でこちらを睨む凛と桜。
 そのまま二人でボソボソと小さく話し出す。

 「・・・あいつ変な趣味に目覚めたんじゃないの?」
 「普段から感情を抑圧していると、弾けたとき怖いですから・・・」
 「あなたが言うとすごく説得力があるわね・・・」
 「無視しますけど、どうしましょう?先輩が性倒錯者になっちゃいましたよ・・・」

 「誰が性倒錯者だ。・・・いや、マジなんだって。親父の実の娘なんだよ、イリヤ。」

 疑わしげな視線に俺のストレスはバブル景気へ突入しようとしてたりするのだが、無視。

 「・・・前回の聖杯戦争でアインツベルンの連中は1人の魔術師を一族に迎えて、そいつに
  参加させる事にした。フリーランスの魔術師は、そこで1人の女性を愛して、子供を授かった。」

 それがイリヤ。俺が父親を、切嗣を奪ってしまった少女。


 「・・・そして、キリツグは帰ってこなかった。」


 衝撃。背中に軽い重圧。声の主は、まさに話題の少女だった。
 俺の背中に飛び乗って、そのまま首に手を回している。構図的には後ろから抱きつかれている感じ。
 イリヤの頭が、俺の頭頂部に乗っていてトーテムポールみてえだな。

 「って、なんでイリヤが此処にいるんだよ。」

 「・・・イリヤがどうしてもと言うのでな。」

 俺の言葉をアーチャーが答えた。はは、そうですか。って事は・・・
 首を右へ平行移動すると、気まずそうにセイバーが立っていた。ちゃんと私服だ。

 「す、すみません。シロウ。私も・・・」

 「いや、いいよ。セイバーが出掛けたいと思ったなら、好きにすればいいんだ。聖杯戦争中だからって、
  なにも四六時中ずーっと戦いの事ばかり考えてなきゃならねえ訳でもねえんだし。」

 びしっと彼女が後ろ手に持っている紙袋を指差す。

 「だから江戸前屋の何かを買いに行っても勿論OKデスヨ?」

 「こ、これはですね!そう、食に触れる事でこの土地の文化をより深く────────────」

 最後まで言い終わる前に、アーチャーに肩を叩かれる。

 「・・・無理をする事はない。」

 「──────────────っ!!」

 そう告げるアーチャーも私服だ。って俺の服じゃねえか!!サイズぴったりだなオイ!!

 「単に私がセイバーを連れ出しただけなのだがね。」

 「アーチャー。私は家で待機してと言った筈だけど・・・?」

 怒れる悪魔が降臨。やべ、今日の天気予報では快晴だった筈なのだが、ところにより血とガンドの雨が降りそうだ。

 凛とセイバーの口撃を飄々とした態度と舌で避わしているアーチャーを眺める俺達。

 「・・・ま、いいか。」

 「いいんですか、先輩?アーチャーさんは微妙に困ってるみたいですけど。」

 「ありゃ自業自得だし、あれで楽しんでるんだろうよ。」

 ほっといて食事を再開する。時は無限でありながら、人たる俺達には有限なものなのだ。
 具体的に言うと昼休みとかね。いっそサボっちまおうか。

 「あ、シロウ。それちょーだい。」

 「んー?・・・ぬ。それは最後の卵焼き・・・まあいいけど。ほれ。」

 俺の背中から離れて、今度は膝の上に座ってくる。
 小柄な身体はすっぽりと俺の腕に納まって、なんだか猫みたいだ。
 箸で取り上げた卵焼きを、その口唇に入れてやる。・・・餌付け?

 「・・・ん。おいしいね。」

 「そーか。そりゃアーチャーに言ってやってくれ。」

 無垢な笑顔に少しだけ癒されたのは秘密。
 ・・・だと言うのに平穏なはずの屋上は殺気が満ち溢れてますよ。いやマイッタ。


 「「そこ!和まない!!」でください!!」


 ◆


 「・・・ったく、ライダーのやつ。注意しろって言うから見に来てみれば・・・」

 屋上へ続く階段を降りながら、間桐 慎二が呟く。

 「まったく。衛宮も遠坂も勝つ気があるのかね・・・」

 普通の魔術師を自称する慎二にとって、マスターが4人。サーヴァントが3人も集まって食事を共にしているなど、
 目を・・・というか正気を疑いたくなる光景であったらしい。


 「・・・別に、誘ってもらえなかったからって僻んでる訳じゃないぞ、ライダー」


 「別に何も言ってません。」


 それはそれで悲しい慎二君であった。
 負けるな慎二!挫けるな慎二!きっと明日は楽しいサ!!多分。きっと。


 ◆


 結局。今日は屋上でサボる事にした。
 途中で気付かれないように保健室に寄って早退届を提出までして、適当に誤魔化して。

 「それで、どうするのシロウ?」

 「んー?・・・とりあえず構内にいなきゃいけねえんだ。このまま昼寝でもしてえなあ・・・」

 万が一に結界が発動したとき、対応しなきゃいけねえし。
 そんな俺の返事が大層お気に召さないらしい。イリヤは不満そうに俺を睨んでいる。

 「折角一緒にいるんだから、何かお話しよ?」

 「お?やりたい事があるなら付き合うって。んじゃ、お話しましょ?」

 屋上の一角。視覚暗示と防音の結界の内で、俺達は座り込んで世間話と洒落込んだ。

 「そーだな。とりあえず、現状の話でもすっか?」

 「はい。状況の整理を兼ねて、ここまでの事を伺っておくのは良い判断です。」

 真面目くさったセイバーの発言も、大判焼きを片手では今一締まらない。
 それを呆れたように眺めて、まあいいかと思い直す。何事も温いくらいが丁度良いのだ。

 「単にイリヤとの共通の話題が他にねえからなんだけどなあ。まあいいや。
  イリヤは他のマスターかサーヴァントと戦ったのか?」

 「えっとね、ランサーとライダーとは戦ったわ。キャスターとは対峙しただけよ。」

 「ふむ。私達が戦ったアサシンで7人。全て揃っているようですね。」

 空になった紙袋を受け取り、代わりに熱い緑茶が満たされたコップを渡してやる。

 「ありがとうございます、シロウ。」

 足りないのでもう2つほどコップっぽいものを形だけ投影して、イリヤと俺の分も注ぐ。
 熱いぞと注意して、片方をイリヤに渡し、俺も緑茶を啜る。うむ美味い。

 「そーだな。小次郎は倒したし、ランサーには逃げられたけど真名は判ったんだ。十分だろ。」

 「・・・クーフーリン。アイルランドの大英雄ですか・・・」

 「ふん。そんなの、私のバーサーカーの敵じゃないんだから。」

 実際、単身で挑んできたランサーを事無く追い返したと言うのだから手に負えない。
 セイバーとて負けるつもりはないだろうが、あの槍が相手だと確実だと言えるものでもねえ。

 「まあ、確かにヘラクレスの十二の試練が相手じゃなあ・・・相性最悪じゃね?」

 「へ、ヘラクレス・・・ですか?」

 「あれ?私シロウにバーサーカーのこと教えたっけ?」

 ・・・・・・・・・・ん?あれ?おかしいな。俺にもそんな記憶はねえぞ?
 知っていた、というより識っていた?この感じは・・・・・・そういう事・・・か?
 混線した情報の中に、当然のように『奴の聖杯戦争』の記憶もあったな。そういや。

 「ま、バーサーカーとして召喚されてくれたのが幸いかね。アーチャーだったら射殺す百頭があったし。」

 「その分能力が上昇してますから五十歩百歩でしょうが、確かに組し易いと言えるでしょう。」

 巨大な力。巨大な質量は、たしかに驚異的な『暴力』だ。
 だが、それだけで勝てるってんならジャ○アント・ロボでも持ってくればいいじゃねえか。鉄人のほうでも可。
 バーサーカーになったヘラクレスが脅威なのは宝具による守りがあるからだ。
 Bランク以下の攻撃の無効化や、同じ攻撃への耐性があるからこそ脅威足りえる。
 でなけりゃセイバーの宝具でなくとも、俺の壊れた幻想でも殺せちまう雑魚になっちまうぜ。

 「・・・ランサーっていや、矢避けの加護があったな・・・」

 あれがあっちゃ、凛の攻撃手段は皆無。俺は接近戦しかなくなるわけだが・・・槍兵相手にそれは無謀か。
 未だに『奴』の戦闘技術に届かない俺では、保って数分。しかも防戦でだ。
 『奴』・・・俺に全てを残して消滅したエミヤの技術は凄まじい。
 何せ第2魔法を行使して平行世界からの干渉。更に平行世界から・・・やめやめ。考えても無駄だし。

 「っていうか結局、倒したのはアサシンだけか・・・」

 「しかし、ランサーの負傷は致命的でした。令呪による回収が僅かに遅ければ私が・・・」

 「ランサーは私が片付けるんだから。心臓の対価がどれだけ高かったのか教えてあげなくちゃ。」

 うわあ。無垢な笑顔でなんてエグイ・・・
 ちゅーかその心臓は俺の心臓なんですが・・・

 「・・・解かりませんね。何故貴女はシロウと共闘するのですか。」

 セイバーの質問はごもっともです。俺だって知りませんよそんなこと。
 むーとイリヤを見るセイバーの視線が凍えていくのは精神衛生上大変によろしくないので、話題転換。

 「そうだ。イリヤにも渡しとくか。」

 よっこらせ。立ち上がって結界に魔力を流して構成を解く。
 そうして扉へ足を向ける。途中、振り返って、

 「来いよ、2人ともさ。ついでに構内の案内もしてやっから。」


 ◆


 イリヤとセイバーに構内の各所を説明しながら、遠回りに生徒会室へ向かう。
 あの部屋に置かれた俺の工具箱に魔具を作る道具も、簡単なものなら数点あるからだ。

 「む、シロウは私が守るからセイバーなんていらないもん。」

 「その後シロウを殺すと言うのでしょうイリヤスフィール。私はシロウの剣だ。断固として阻止する。」

 ・・・実に愉快な話題で盛り上がっている。
 認識阻害の魔具を展開していなければ殺気やら敵意で教室の生徒達が気絶してるやもしれん。

 「えーと、無駄だと判っていても一応説明するとだな。此処が生徒会室です。はい。聞こえてませんね。」

 溜息を吐き出して扉を開ける。・・・無人。当たり前か。今は授業中なんだし。
 勝手知ったるなんとやら。実は鍵まで持っているあたり俺の慈善も業が深いな。
 ロッカーを開けて中から工具箱を取り出して、目当ての道具を手に取る。
              トレース・オン
 ・・・うん。魔力量は十分。撃鉄を起こせ──────────────

 魔力回路を起動。神経を反転させて自己に埋没する。
 描くのは夫婦剣の図面。その1つを回路に叩き込む。

 創造理念を改竄し、
 基本骨子を偽造し、
 構成材質を変更し、
 製作技術を模倣し、
 成長経験に共感し、
 蓄積年月を再現し、
 あらゆる工程を凌駕し尽くす。
                  トレース・オフ
 「──────────────此処に幻想を結び、剣と成す。」

 手に『小さな』刃金が投影される。陰陽を体現する夫婦剣のミニチュア。
 今朝桜に渡したものと同じものだ。

 「んー・・・強度はこれで充分。ちゃんと『絆』の再現も出来てるな。」

 細かい点検を済ませて、肝心の作業に取り掛かる。
 純銀製の耳掻きみたいな棒を手に、更に魔力を生成。伝導率が優れる銀に容易く魔力が通る。

 小さな干将・莫耶の、何も書かれていない刀身に銘を刻み込む。

 「・・・・・・・・・・ん。出来た。」

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと。カタカナで!!
 ・・・スペルをちゃんと聞いてから刻めば良かった・・・・・・・・・・・orz

 「ま、いいや。」

 過ぎた事をどーこー言っても仕様がない。
 渡そうと後ろを振り向けば、相変わらず仲良く口喧嘩してますよ。スッテキーやね。

 「シロウは私が!」

 「解からない人ですね!」

 「て──────────────い。」

 2人の頭に手刀を打ち込む。もちろん軽く。これぞ喧嘩両成敗。
 だが膨れ上がる殺気。咄嗟に後方へ跳躍しようとして──────────────

 「んが!!」

 服をセイバーに捉まれ、勢いもあって変な悲鳴を上げてしまった。
 すげえや!!手の動きが視認できなかったヨ!!

 「シロウ。この娘にはっきりと告げてやって下さい。私がいれば彼女の護衛など不要だと。」

 竜虎相打つとはこの事か。
 セイバーとイリヤの背後に獅子と兎が見えるって兎て弱いなイリヤ!!まさかそれは首刎兎か!!

 「シロウ。セイバーに言ってやってよ。私のバーサーカーより弱いセイバーなんていらないって。」

 なんか絶望的なまでに強力な圧力に身体が潰されてしまいそうです。
 ああ、切嗣。俺そっちに行けるかな・・・?え?無理?そりゃねえっすよー

 「・・・2人とも、大事な家族なんだから、要らないなんて思うわけないだろ。」

 瞬間。あらゆるものが壊れ、あらゆるものが再生した・・・気がした。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?俺なんかやっちゃった?



 「あー、ごほん。とにかくだ。2人とも仲良くしてくれ。そうしてくれると、その・・・嬉しい。」

 「は、はい・・・」

 「・・・シロウがそう言うんなら、我慢する。」

 大人しくなった2人の頭を、なんとなく撫でる。いやこれが父性とかいうものなのかね?

 ぐりぐりぐりぐり・・・・・

 とても撫でやすい位置にある2人の頭をこれでもかと撫で回し、イリヤにミニ莫耶を渡しておく。
 用途を説明して、ようやく目的が果たせた。

 「しかし、これが最後の平穏になるとは、この時の衛宮士郎には知る由も無いのでした。っと。」

 「はい?」 「なに言ってるのシロウ。」

 生徒会室の扉の向こう側。薄く開いたその隙間から覗く昏い瞳と凍えた瞳。
 大方、先刻の廊下で騒いでいたセイバー達が気になったので見に来たのだろう。
 これで説教は確実。きっとその機嫌を窺うことになるのだ。きっと。

 「・・・衛宮君。まさか学校でそんな行為に及ぶとは思わなかったわ・・・」

 扉が誰も触れていないのに、自然と開いていく。

 あれ?何やら壮絶な誤解があるっぽいのですが?聞く耳持たねえ?

 「・・・くすくす。先輩も通ですね。2人同時ですか・・・」

 そこに立っているのは我が師と妹分ではない。
 あれは地獄の悪鬼。地獄で亡者を責める獄卒だ。
 それが部屋に入ってくる。片や指先に燐光を灯し、片や影から使い魔達を召喚している!

 「何やら大変な危機的状況的な環境っぽいですか、ただ今ライブでピンチ・・・!!」
                      ザリチェ  タルウィ
 つつ・・・とさりげなく手を背中に回して、右歯噛咬と左歯噛咬を投影する。
 やばい。冷や汗が止まりません。

 「極彩と散れ。」

 「くすくす・・・」

 「昼間っから魔術使うなよ!!」

 ばきゅん、ばきゅんと飛来するガンドを弾いて、足元に展開された影を跳躍で回避!
 使い魔達を歪な双剣で細切れにして更に大跳躍。2人の間を越えて扉から外へ逃げ出す。

 「待ちなさい!!」 「逃がしません!!」

 ガガガガガガガ!!とガンドの掃射を必死に避けて逃げる。
 おおぉぉぉおん!!と使い魔の追撃を懸命に刻んで逃げる。

 逃げろ逃げろ逃げろ逃げ切るんだ!!明日は明るい日と書くんだから!!

 だが構内から出る事が出来ない現状で、強化された凛の足と、影を通じて先回りしてくる桜の2人から
 逃げ続けるのは至難。絶望的に届かぬ領域ではなかろうか?
 熱で暴走しがちな脳の隅で、ぎりぎり冷静な部分がそう分析する。

 「ああもう!!なんだってんだこの状況は!!」

 しかし、地獄に仏。蜘蛛の糸。救いの手は差し伸べられる・・・!!

 「エミヤシロウ!こっちだ!」

 俺に併走しながら、アーチャーが現れ俺を誘導する。
 階段を降りて校舎の外・・・そうか!!

 「すまん、アーチャー。借りは必ず返す!!」

 「気にするな。・・・スマン」

 何かアーチャーが呟いたように思えたが確認する間も無く霊体化してしまった。
 思考を逃亡経路に戻して、最短で目的地・・・裏の林へ向かう。
 あそこなら凛と桜の目から隠れながら移動できる!魔具を使えば確立も倍満だ!!

 ──────────────だが、

 「あら、遅かったわね。」

 「待ってましたよ。先輩。」

 「なんでさ!!」

 影で先回りできる桜はともかく、凛までいるってのは・・・そういや途中からガンドが止んでたな。
 俺の脳は最悪の解答を出していた。まさか・・・そんな・・・!?

 ばっと後ろを振り返る。そこにはすまなさそうに俯く赤い弓兵。

 「ま、さか・・・アーチャー・・・嘘、だよな・・・?」

 「・・・すまん。命は惜しくないが、痛いのは勘弁したいのだ・・・」

 「そんな・・・・・・アーチャー・・・」



 「「・・・お話は終わった?」ましたか?」


 ──────────────神様。俺、なんか悪い事しましたか?


 それが、俺が思考した最後の言葉だった。


 ◆


  あとがき、という名の独白。     ・特にありません。以上。     「待てや。」     ・ぬ。ミヤコよ。相棒だからといって俺の逃走の邪魔をするとは・・・      貴様はアーチャーか。性別は違うが。     「貴様のバーサーカーへの侮辱を取り消せ。話はそれからだ。」     ・む。俺は侮辱などしちゃおらん。      貴様がバサカを愛するように、俺も士郎を愛しているだけだ!!     「・・・斬刑に処す。」                      ──────────────つづく・・・かな?
もりもり元気が湧いてくる!