Fate「無限の世界」Act.11
〜夜は静かに。〜
 ◆
 ──────────────夢を見ていた。
 走馬灯の代わりってやつなのかもしれない。
 俺は10年前の姿で、そりゃあ元気に笑ってたよ。
 近所の友達や学校での事。初恋の相手だっていたのかもしれない。
 今の俺には、10年前、火災以前の記憶が無いから、これは想像だろうけど。
 それが幸せな毎日だったなんて、思えるほど成熟してなかった。
 だから今思えば、それは何てありふれていて退屈で平凡で幸せだったのだろう。
 いきなり、一方的に、一切合財、その全てを奪われるまでは。
 突然に現れた地獄。
 一方的な生きる権利の剥奪。
 ようこそ、この美しくて醜い灼熱地獄へ!
 生きとし生けるもの存在を否定する世界へ!
 俺の両親は家に潰されて死んだ。きっと想像。
 俺の友人は見付からなかった。『あれ』は俺の友達じゃない。これも想像。
 胸に酷い火傷を負って、そのまま心臓を取り出せそう。これは事実。
   あ。
      あ。
         あ。
 再確認する。俺の本心を理解する。俺の願いを認識する。
 俺はただ、あんな地獄を、もう見たくないだけなんだ。
 俺はただ、あんな現実で、誰かを失いたくないんだ。
 そう。あんな地獄を生み出した誰かを、俺は許せねえ。
 それに係わった奴も同罪だ。ま、復讐するつもりなんざねえけど。
 過去は変えられないし、変えれるとしても、それは望んではならぬ望みだ。
 『勝手だね。君は衛宮の名を貰って満足かもしれないけど、僕は地獄に置き去りなの?』
 ああ。悪いけどな。俺はもう、俺以外の何者にもなれねえよ。
 『はは、傲慢だね。あの地獄でどれだけの人間を見殺しにしたんだよ。』
 はは、それこそ傲慢だな。人とは生きるだけで誰かを殺し傷付ける存在だ。
 俺が助かる為に誰かを見殺しにして、俺を助ける為に切嗣も呪いに侵されて衰弱死した。
 今だって俺の大切な日常を守る為に危険分子を排除している。必要なら殺す事だってある。
 法や倫理・道徳を語れるような人間じゃねえがな。こちら側に踏み込めば生殺の覚悟くらい必須だぜ?
 『人が人を殺してはいけないと説くのは、単に効率の問題だよ。社会が殺人を究極的に
  否定したことなんて、ただの1度だってないさ。けどね、』
                ボク
 『君自身はそうやって、死ぬまで自分すら誤魔化して生きていくのかい?』
 ──────────────夢が、終わった。
 ◆
 目を開ければ、なんとも見慣れた天井がそこにあった。
 死後の世界ってやつは生前を模倣するのかと考えたけど、残念ながら神の存在自体を俺は論理的に信じねえ。
 「・・・神様って奴が実在するってんなら、理不尽に人を殺す世界の意味を聞きてえな。」
 ついでに本当に全能だってんなら、何故に苦難だの試練で人を苦しめる必要性とかな。
 「・・・・・・じゃなくて、助かったのか俺?」
 寝かされている部屋を見回して、此処が自室だと確認する。うん。やっぱ俺の部屋だわ。
 身体を起こして、浴衣の前を開く。そこには夢に見た火傷の痕も、槍の傷も存在していない。
 「おおう。すげえな、ゲイボルクの呪いすら修復かよ。何処まで高位の遺物だっての。」
 しかし、その素晴らしい鞘も失った血液まで補充してくれる訳ではないようで、
 血が足りないせいか酷く身体がダルイ。
 とりあえずセイバーに話を聞こうと立ち上がる。
 浴衣を正して部屋を抜けて、ふらつく足で居間へ向かおうとして、ふと疑問に思う。
 「・・・・・・とりあえず、誰が俺を浴衣に着替えさせたんだ?」
 しかも下着までしっかり替えてあるんだけどよ?
 ・・・セイバーか?いや、彼女だったら普通に汚れた服のまま布団に仕舞いそうだ。
 んー、凛はアーチャーにでも丸投げしそうだな。んで、あいつは心底嫌だから適当に着せるっと。
 まあ桜だったら・・・・・・・・・・・・うわ。なんかされてねえよな。俺の身体。
 つい自身の身体を解析まで使って調べてみる。
 ・・・ぬ?
 鞘の魔力が必要以上に満ちてるってのはなんでさ?と言うか、流れ込んでる?
 ・・・あー、つまり、あれか?セイバーが鞘に魔力を注がなきゃ俺って死んでた?
 ──────────────ぶるっ
 今更だが血液が急降下。よかったあ・・・俺死なねえでよかったよぉ・・・
 ◆
 ──────────────居間は破壊されつくしていた。
 食事で飾られるテーブルも、馴染んでいた家具も、季節の木花で映える花皿も。
 更には壁も天井もガラスも畳も穴だらけ。とっても風通しが良くなってて寒い。むしろ寒痛い。
 んで、庭はもっと酷い事になっていた。
 馬鹿みたいに斧剣が耕したとしか思えぬ破壊されっぷり。
 阿呆みたいに聖剣が吹き飛ばしたようなぶち壊しっぷり。
 クソったれが洋弓で穿ちまくってくれた惨状ですがよ。
 上から、まるで木材を屋根に打ち込んで穴を塞いでるような幻聴。
 ははは、聞こえないゾー、むしろこれ夢だろ?
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、隠れてないで説明してくれ。4人とも。」
 ──────────────ビクッ!
 屋根から反応。そうか、そこに居たのか。あははははは。適当に言ってみただけなんだけどなあ。
 首関節が上手く動いてくれず、まるで油の切れた機械のようにゆっくりと軋みながら天井の穴を見上げる。
 すると、残像だけを残して影が3つ見えた。
 「・・・セイバー、アホ毛が出てるぞ。凛とイリヤ、指が穴の縁にかかったままだゾー・・・」
 そこに居ると明確にバレながら、往生際が悪いのか出てこない。
 ──────────────ぶちっ
 俺ノ忍耐ノ限界デスヨー?堪忍袋ノ緒ガ切レマシタヨー?
 「5秒以内に降りてきなさい。でなきゃ3人ともブチ犯しますヨー?」
 「マスター、私は被害を最小に抑えようとしたのですが凛に命令され。」
 「あのね衛宮君。私は此処で戦う気なんて無かったんだけど、このちびっ娘がね?」
 「わ、私は悪くないもん!私はシロウの部屋に行こうとしただけなのにリンが!!」
 3人とも仲良く降りてきてくれました。
 遅れてアーチャーが穴から顔を覗かせて、
 「・・・因みに私は凛の命令で戦った。」
 などと素晴らしき主従関係を暴露してくれた後に修理に戻った。
 うむ。アーチャーは修理しているので見逃す事にしよう。
 「居間の穴は凛のガンドだな。んで、庭はバーサーカーvsセイバー・アーチャーで合ってるか?」
 こくこくと肯く3人。息ぴったりやね。
 冷や汗を滝のように流してる3人をジロリと睨む。
 蛇に睨まれた蛙ではないが、俺の視線に緊張の度合いが更に増す。
 俺はゆっくりと口を開き厳かに告げる。
 「・・・投影完了。───────3人とも、これで反省しなさい。」
 手に現れる3つの眼帯。使用目的がアブノーマルとしか思えぬ皮製品だ。
 それを見た3人は硬直。しかし逃げる間も無く勝手に眼帯のほうからそれぞれの顔に張り付く。
 「シ、シロウ!?これは一体──────────────!!」
 「ちょっと!衛宮君、何よこ・・・世界が!?」
 「わー・・・すごい・・・これ宝具だ・・・」
 自己封印・暗黒神殿。1つの世界をぶつける事で世界を覆う封印宝具。
 そして、ぶつけられる世界は夢のようなもの。悪夢を見て反省してろ。
 「────────────────────────────!!!!!!」
 (まるで黒くてジャンクな食品に)追い詰められたような表情で魘されるセイバーと、
 (まるで預金残高が0になったため)どん底に落ちたような顔で倒れてる凛と、
 (まるで、追い駆けてくる大量の猫の軍勢に追い詰められ)泣きながら座り込んでしまうイリヤ。
 そんな彼女らを置いて、いそいそと屋根に上る準備を始めた。
 ◆
 かんかん。と釘を打ちつけ、時には瓦を投影して修復作業に勤しむ。
 アーチャーが傍で再利用できぬ瓦の破片などを集めているのが、なんとも不思議な光景だ。
 サーヴァントにこんな作業をさせるってのは、多分聖杯戦争史で初めての事ではないだろうか?
 「悪いな、アーチャー。こんな事させちまって。」
 手を休める事無く、そんな事を言ったら、不可解だという表情で見られた。
 「・・・ふん、凛の命令だからな。お前の為にやっているわけではない。」
 つっけんどんにそう言って、アーチャーは集めたゴミを庭に投げ捨て、
 今度は破片が全て取り除かれた穴に合わせて木材を打ち込む。
 「ま、それでも修理してもらってるのは俺の家だしな。礼くらい言ってもいいじゃねえか。」
 「不要だな。」
 ありゃ冷たいね。むしろCOOLだね。
 まあ、それでもいいんだけどな。
 なにせ相手はアーチャーだ。つまりは──────────────
 「そんなに過去の自分を見るのは嫌なのか?」
 釘を打つ音が1つ、消えた。
 「当時の自分を思い出してしまうから、本当は俺なんか見たくもねえんだろ?」
 「・・・貴様、何を知っている。」
 「んー、あんたが平行世界の衛宮士郎が到達できる可能性の1つだって事は知ってる。
  そんで、自分殺しによる過去の改竄で、座に居るあんたの消去を望んでいるって事も。」
 呆然としているアーチャーを横目に、中身のない瓦を数枚投影。
 それを屋根に並べて固定していく。
 「俺は理想を諦めちまった。あんたと違ってな。」
 「だから、俺にはあんたが眩しいんだ。例えあんた自身が後悔していたとしても、
  その理想が借り物の偽者だったとしても、その願い自体は決して間違いじゃねえんだから。」
 ◆
 まあ、それからアーチャーといろいろ話したけど、なんとか和解したと思う。
 すっかり綺麗になった屋敷を眺めながら、そんな事を思う。
 アーチャーは凛とイリヤを客間に運んでそのまま屋根で見張りをすると言って出て行った。
 んで、居間には俺と魘されるセイバーが残されており、朝日が昇るまでの僅かな時間を呆と過ごしていた。
 ずりずりと這って箪笥の下の段から灰皿と煙草を取り出す。
 発火の魔術付与してある指輪で火をつけて、深く紫煙を吸い込む。
 呼吸器が煙に焼かれて、血流が僅かに早まる。
 「・・・おのれ、怨敵め・・・」
 セイバーの寝言が地味に面白いのだが、笑えない。
 黄金の髪を丁寧に撫でて、それから眼帯を外してやる。これで悪夢も終わるだろう。
 「・・・セイバー、お前は・・・聖杯に何を願うんだ・・・?」
 髪を食べないように梳きながら、そんな事を呟いていた。
 空が徐々に赤味を増して、夜の闇を駆逐してゆく。
 じきに完全に白く染まるのだろう。日はいつだって区別なく万人に昇るのだから。
 また、今日が始まる。
 けれど今は少しだけ、桜が来るまでの間だけ、休むとしよう。
 ぶっちゃけ修理でめちゃ体力使っちまって眠いんだわ。マジで。
 ──────────────おやすみ、セイバー。
 ◆
 あとがき、という名の独白。
   ・あれ?何故だかとっても不思議な話が出来てたよ?
    この話は成立しない。という話を証明してください。
   「そりゃ何処の不完全定理だよ。」
   ・きっと誰かの脳内世界並に理不尽で勝手な異世界での事でしょう。
    または間抜けが尊ばれる物理法則が不条理に発生したか。
   「と言うかほのぼの日常編は嘘かよ。」
   ・ルップフェット!!黙れアルリアンの若造が!!あ、痛い痛い刺さってる刺さってるから!!
   ・日常編は12話に持ち越しって事でひとつ。では。
もりもり元気が湧いてくる!