Fate「無限の世界」Act.7

〜虎と黒桜の愉快な痛快。〜





 ◆


 ────────だんっ!だんっ!

 振り下ろされるのは鈍器。そして殴られているのは・・・肉片。
 致命にいたる部位に狙いを定めて、まるで決まり事のように躊躇無く油断無く叩きつける。

 「・・・・・・・・」

 一心不乱に叩く。そこに感情など要らない。躊躇いを覚える必要など無い。


 「あの、シロウ。なんと言うか・・・怖いのですが・・・」


 まあ、客観的に見て今の俺はさぞや不気味だろう。
 何せ無表情にまな板の上の牛肉を叩いているのだから。


 「いや解ってるけど俺も大概に阿呆だな。」


 ははは。今日の夕食は肉だぞー?だって藤ねえが解凍された高級牛肉をそのまま持ってきやがったからな!!
 冷凍しておけよ!!そのまま持ってきて作ってもらおうとしている魂胆が丸見えだゾー?

 「士〜郎〜、お姉ちゃんお腹すいたよー」

 これは居間で寝転がっている虎の言。

 何様ですか!!

 まったく。いつもいつも飯を強奪しに来る虎・・・もとい、藤ねえ。
 腹が減ったのなら自分の家で食べればいいだろうに。
 食費を入れない代わりに、今日のように食材をたまに持ってきているので±0。
 別にいいんだけどさあ・・・なんか納得しきれない・・・

 「セイバー、悪いが──────────────」


 ・・・ぐぅ・・・


 不思議な音が聞こえたなあ・・・
 俺の腹は空腹を訴えてなどいないのだが、はて?誰の腹が飯を要求しているのですかねセイバーさんや。

 俺の無言の圧力に屈したセイバーは、

 「・・・すみません、マスター。食事を希望します。」

 開き直ったか。そうですか。恥じらいなど忘れましたか。顔は赤いけどね。
 俺は戸棚の奥に隠された茶菓子・・・江戸前屋の大判焼き・・・を取り出してセイバーに渡す。

 「食べ過ぎて晩飯を残すような事はするなよ。って藤ねえに伝えてくれ。」

 「解りました。ですが、私に関しては心配無用です。ええ、見事夕食も完食してみせましょう。」

 力強いお言葉ですねセイバーさん。無意味に。
 居間に戻っていくセイバーを見送り調理再開。
 付け合せの野菜を茹で、頃合で肉を焼き始める。

 「・・・英霊って別に食事は必要ないって聞いてたんだけどなあ・・・」

 脳内に今月の予測収支を計上し、「食費」の項目を上方修正。
 うむ。赤い。繰越分を余裕で食い尽くして真っ赤に染まりましたよ。

 「こりゃ仕事増やさないと駄目だな・・・」

 まったく。人間は辛いよ。
 空想の物語で活躍する勇者が羨ましい。
 敵を倒してハッピーエンド。楽でいいね。
 現実に生きる俺は、敵を倒した後も生きてかなくちゃならないから、働いて稼がなくちゃならねえっと・・・


 ◆


 「「「ごちそうさまでした。」」」

 俺以外の3人が唱和する。各自使った食器の片付けくらいヤレー?
 つってもセイバーは勝手が解らないか。

 「セイバー。食事が終わったら使った食器を流しに運ぶんだ。それが我が家のルールだ。」

 「はい。」

 「うん。だからって一気に運ぼうとするとな──────────────」


 がしゃん!!「えーん!士ー郎ー!!」


 「・・・・・・・ああなる可能性があるので無理せず運んでクダサイ。」

 「成程。熟練した技巧が必要。と・・・」

 そこまで大袈裟な話ではないんだけどなあ・・・
 でも手だけで運ぶうちはまだ2流!真の家事技能者はさらに腕や肩まで利用して運ぶのだ!!

 アホらし。

 「あー、もう。藤ねえは掃除機持ってきて。此処は俺が片付けるから。」

 「は〜い。で、士郎。掃除機って何処にあるの?」

 「・・・悪い。桜。馬鹿虎に掃除機の置き場所を案内してやってくれ・・・」

 「はい。藤村先生。こっちです。ついでに雑巾も持ってきましょう。」

 いや桜は良い子だねえ・・・

 ・・・・・・・・・・・姉とは大違いだ・・・・・・・・・・・

 思い出すのは1年前か。俺が部活を辞めて、桜が家に来るようになって半年。
 凛がぽつり、ぽつりと語ってくれた事実。俺には驚愕の事実だったがね。

 『すげえな。姉妹でも真逆に成長したら──────────────』

 と口を滑らせた俺が死に掛けたのも、今では良い思い出に・・・出来るわけねーだろ。
 それ以来、事ある毎に2人をくっつけて不器用な「姉妹」っぷりを楽しんでいるんだけど。

 ・・・ま、後は臓硯の蟲爺をどうするか・・・だな。

 あの腐れ蟲め。潰しても何食わぬ顔で復活しそうだしな・・・


 「いて・・・」

 皿の破片で指を切っちまった。ああ迂闊。
 ちょっと考えに没頭しすぎたかね。・・・む。治った?
 おかしいな。鞘に魔力を送ってなんか・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

 なんで鞘に魔力が送られてんの?
 ラインは俺しか・・・ああ、セイバーがいるからか。

 「む。泡が・・・」

 流しに溜まった食器を洗おうとしてるのかあれは?
 そんなセイバーを見て、確認。たしかにラインが通ってる。
 やっぱり鞘の正統な持ち主はアーサー王に他ならないか。

 皿の破片を屑箱に捨てて、セイバーに正しい洗剤の使い方を教授する。
 うん。まさか流しが泡で溢れるなんて光景を生で見るなんて思わなかったよ。


 ◆


 「さて、士郎。お姉ちゃんはちょっとお話があります。」

 掃除機を片付けてきた俺に向かって虎がそんな事を言っている。
 ちなみに掃除機を運んできた藤ねえは、片付ける事無くそのまま居間でテレビを見だした。
 いや、ホントに何様?

 「ああ。俺も話があったし、丁度いいや。桜も聞いてくれるか?」

 「はい。何ですか話って・・・?」

 座った全員を見回して、まずは自分からというつもりか藤ねえが口を開いて──────────────


「その子は誰なの─────────!!」


 予測していたので桜は耳を塞いで、俺はセイバーの耳を塞いでやる。
 俺の耳には詰め物しといたからなんとか無事。・・・昔藤ねえの声で鼓膜が破れたからな。対策は万全だ。

 「藤ねえ。説明するがとりあえず近所迷惑だから叫ぶな。」

 「うむ。苦しゅうない。」

 ・・・誰だ?この著しく問題が溢れてる虎に教員免許を与えた勇気ある馬鹿は。

 「セイバー、たまに・・・と言うか頻繁にこの虎は叫ぶから直感で耳を塞ぐんだ。」

 「頻繁・・・ですか?」

 うん。

 「まあいいや。とりあえず紹介するな?」

 頷く虎と桜。息ぴったりですね。何処かの芸人ですかよ。

 「この子は衛宮アルトっていってな。切嗣が海外で引き取った子だ。5年前に切嗣が死んでからは、
  後見人の爺さんが面倒を見てたんだけど、先日その爺さんも亡くなられたそうだ。んで、
  一応親戚筋、と言うか兄妹にあたる俺を尋ねて日本に来たって訳だ。理解できたか?藤ねえ。」

 嘘しか含有されてない言葉は逆に齟齬が生じやすいのだが、その齟齬は俺が誤魔化すから問題無し。
 そもそも藤ねえにそんな齟齬を発見するようなスキルはないしな!!

 「そっかー・・・で。本当は?」

 うわ。そもそも信じないってか。やり難いなあ!

 「いや、本当だって。切嗣が海外に行ってたのはセイバーに会いに行ってたからだし。」
  セイバー
 「剣使い?」

 「私の渾名です。キリツグがそう呼んでいたので、シロウに移ったのでしょう。」

 セイバー、ナイスフォローです!!
 さて、此処で取り出しますのは俺の切り札その1。

 「藤ねえは天涯孤独の少女を見捨てろって言うわけ?遠いイギリスから来た子を追い返せって?」

 「・・・そうは言ってないじゃないのよう・・・」

 ま、何だかんだで藤ねえは善人って事。
 そんな風に言われたら追い出すなんて事は絶対に出来ない人だ。
 ・・・だから、俺は藤ねえが嫌いになれないんだろうなあ。


 ・・・結局、藤ねえはそのまま引き下がってくれた。
 『組で面倒見る!』とか言い出さなくてよかった。いやホントによかった。
 そんな事言い出されたら暗示をかけて誤魔化すしかなかったしなあ。

 使われずにすんだ切り札その2。暗示の魔具。
 ・・・この手の魔具って怖いんだよな。
 記憶を弄るわけだから、下手に抵抗されたら記憶障害になる可能性もあるし。
 そんなものを藤ねえには使いたくない。

 内ポケットに魔具をしまい、ぬるくなったお茶を飲む。
 ちなみにセイバーと藤ねえは道場で試合中。
 『剣使いってくらいだから、腕に覚えはあるんでしょ?』
 つって拉致ってった。残念だったな藤ねえ。流石の虎も英雄には勝てませんよ。

 『あー、セイバー。適当に相手してやってくれ。俺はまだ話があるから。』

 『解りました。傷つけぬ程度に戦います。』

 ラインを通しての会話にも慣れてきた。さっきいきなり話しかけられた時は心底びっくりしたけど。

 さて。対面に座る桜を見る。視る。
 ・・・やっぱり・・・かな。
 その身体から繋がるラインを確認。恐らくは・・・

 「桜。さっきの話は勿論嘘だ。」

 ここからは魔術使いとして、桜と向き合わなくちゃならない。
 決して魔術師としてではない。俺は魔術師にはならない。

 「気付いただろうけど、彼女はサーヴァントだ。つまり俺は聖杯戦争に参加するって事になる。」

 小さく、肩が震える桜。
 それに気付いていても、俺は口を閉ざさない。

 この家にいる間、せめてそんな僅かな時間は普通の人として笑っていたい。
 そんな桜の願いを、俺は壊す。
 桜の魔力の行き先。多分それはサーヴァント。
 桜を魔術師ではなく一般人と認識しようと誤魔化してきたけど、こうなってしまったなら、
 尋ねなくてはならない。桜を魔術師として正しく認識しなくてはならない。

 「桜は、間桐の魔術師として聖杯戦争に参加するのか?」

 「・・・はい。私も、お爺様に言われて、サーヴァントを召還しました。」

 「そっか・・・」

 緊と張り詰めた空気が居間に満ちる。
 だから──────────────


 「ま、無理するなよ?桜は一人で抱えちまう悪癖があるからな。・・・頼りないだろうけど俺や・・・
  凛に相談してもいいんだしさ。ああそうだ。凛もマスターらしいから。喧嘩すんなよー?」


 わざとらしい軽口。それくらいしか俺には出来そうもない。
 不器用でも少しでも、桜が楽になってくれればそれでいい。

 「私と姉さんが喧嘩したら、先輩はどっちの味方になってくれるんですか?」

 桜も乗ってくれた。軽口の応酬は楽しいし、俺達には相応しい。
 しんみりとした空気なんざお呼びじゃねーんだ。
 辛い時こそ笑ってやるのさ。そうすりゃ、絶望にだって希望が見えるさ。
 ・・・大袈裟だな。どうにも。

 「桜は可愛い後輩だし、凛は師匠だしなあ。此処はどっちの味方をしても片方に恨まれるから中立って事で。」

 「助けてくれるって言ったじゃないですかー」
              さ っ ち ん 
 「そんな薄幸の路地裏吸血鬼みたいな事を言うのはやめれ。それに凛を敵に回すと仕返しが怖い。」

 「そうですよね・・・そうやって先輩はいつも姉さんの味方するんですよね・・・」

 「ちょ、桜!なんか黒いものが出てきてますよ!!」

 「うふふ・・・大丈夫ですよ先輩。可愛がってあげますから・・・」

 「NOOOOO!!それ大丈夫って言わない!!無理です!うおズボンの中に入ってきた!!」

 『シロウ。タイガが泣き出してしまったのですが・・・』

 「何だこの混沌とした状況!?って腰まで浸かって・・・桜!?影が入っちゃいけない処に!?!?」

 「怖がらないで下さい。・・・すぐ良くなりますよ。」

 「そこは出す場所であって入れる処じゃ────────NOOOOOOOOOOOOO!!!!!」


 ・・・いや、まあいつものコミュニケーションだ。多分。


 ◆


 「・・・ひでえ事された・・・」

 「大丈夫ですか?・・・何故お尻を押さえているのですか?」

 聞くな。頼むから聞くな。俺は忘れる、つーか忘れた。

 「士郎ー、浴衣って何処にしまったっけー?」

 「客間の押入れにあるだろ。探せ。」

 何故か今日は泊まると言い出した藤ねえだが・・・まあいいか。
 時刻は10時。まだ、早いか。

 「・・・セイバー。俺は0時になったら土蔵で鍛錬してから寝るから。俺の事は気にしないで先に寝ててくれ。」

 「そういう訳には──────────────」



 「ほらほらセイバーちゃんも!今夜は楽しくパジャマパーティーだ!!」



 いきません。と言いたかったんだろうなあ。
 俺に説教を始めようとしたセイバーは残像だけ残して虎に拉致られた。そりゃもうバビュンと。
 英霊に察知されないってどんなだよ。ホントに人だよなあ藤ねえ・・・?

 「・・・ふう。」

 一人になった自室で、携帯を取り出す。
 短縮でかけた先は凛。
 あの機械破壊魔は携帯を買ったのはいいが・・・常時不携帯という離れ業をやってのけた。
 ちょっと説教して無理矢理持たせてるんだが、相変わらず着信専用となっているようだ。
 使ってる処を見た事がない。ついでにメールも使えない。・・・何度も説明したんだけどなあ・・・

 『もしもし?』

 あ、繋がった。
         深夜徘徊
 「凛。今日も深夜の見回りか?」

 『・・・だとしたらなんなのかしら?衛宮君。』

 うわ怖え。どうして軽い冗談で切れるんでしょうか。
 あまり怒らせて携帯をまた破壊されても困るので本題を伝える。

 「今日は大人しく家にいてくんねーか?頼むよ。」

 『なんでよ?理由を言ってちょうだい。』

 まあ、そうなるよな。
 そう言われても、答えは単純なんだけど、さ。



 「今夜、柳洞寺でアサシンとけりをつけるから。」



 ◆


もりもり元気が湧いてくる!