Fate「無限の世界」Act.3
〜それぞれの夜。〜
◆
私。遠坂凛は魔術師です。それも優秀と言っても差し支えないほどの魔術師。
深夜。日付が変わり、夜の静寂が街を包んでいる。
私は地下の工房で時が来るのを待っていた。
目の前の床には宝石を融かして作った召還陣が一つ。
魔力を通せば起動する直前まで準備は出来ている。出来ているんだけど・・・
「忘れてたわ・・・家の時計ズレてたんだっけ・・・」
私の魔力が最も高まるのが午前2時ジャスト。
さて準備万端。召還するぞ、って間際になって馬鹿弟子から電話が掛かってきた。
それこそ邪魔するなと怒鳴りつけてやろうかと思ったのだが・・・
『あん?深夜ってまだ1時だぞ?凛ならこの時間はいつも起きてるじゃねえか。』
なんて正確な時刻を教えてくれたので許す。
まあ、探りを入れてきたみたいだったので適当にあしらっておいたのだけど。
「・・・あの朴念仁。何でこんな時だけ鋭いかしらね・・・」
あれは絶対に気付いてる。何が起ころうとしているのかは解っていないだろうが、異常には気付いてる。
手の中で小さく畳まれたリボンを眺めて、そんな事を考える。
去年の誕生日。私自身、誕生日なんて忘れてたくらいなんだけど、律儀にも用意してくれた贈り物。
こうして触れているだけで、これが間違いなく1級の限定礼装と解る。
対魔力も凄い。編込まれた魔術は最後の武器たる髪留めに相応しいものだ。
こんな魔具を貰っておいて、あの時の私の態度は酷いものだったな・・・
・・・何を考えている。私。
時間まであと10分程度。とは言え居間に戻ってもやる事は無いし・・・
あまりに退屈だから、イロイロと考えてしまうのだろうけど。
そもそも発端は大師父が現われた2年前に遡る。
いきなり家にやってきて、こいつを弟子にしてやってくれって士郎を紹介されたんだ。
「あの時は驚いたわ。まさか私の管理地でモグリの魔術師がいるなんて気付かなかったし。」
それに、あの魔術・・・
あんなものを堂々と『投影』と言い切るなんて脳髄をホルマリン漬けにされても文句は言えないっての。
平行世界の同位体との融合とか。ホント、滅茶苦茶だ。
協会にばれたら封印指定は確実・・・とは言えないか。
・・・魔具の製造者として生きていくなら利用価値もあるし。
──────────────時間だ。
腰掛けていた台座にサヨナラ。
10年も前から待ち望んだ舞台へ上ろう。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖に我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」
まあ、サーヴァントの召還に大掛かりな降霊は必要ない。
サーヴァントは聖杯によって招かれる。
マスターは彼等をつなぎ止め、必要な魔力を提供してやる事が第一で、召還はあちらが勝手にやってくれる。
・・・それでも細心の注意を。
何せこの召還陣は溶解した宝石で描いている。財政的に失敗したら大問題。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる時を破却する。」
陣にパスを通して、魔力を流し込む。
これで準備は出来た。本番はこれから。
「──────────────Anfang・・・」
スイッチをオンにする。神経が反転して回路と切り替わり、この身は神秘を成す為の部品となる。
「─────────告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
肉眼では捉えられない第5要素。満ち満ちていくそれを直視できず、視覚が機能を停止していく。
「誓いを此処に。
我は常世全ての善となる者、
我は常世全ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ─────────!」
乱舞していたエーテルが消失し、そして実体持つ何かが形成されるのを気配だけで感じる。
文句なし・・・!完璧な手応えだ!クジラでも釣れるってくらいパーフェクト。
じゃり──────────────
視覚が戻るまであと数秒。現界したサーヴァントの足音が聞こえる。
きっと目を開ければ最優のセイバーのサーヴァントが・・・!!
──────────────────────────セイ、バー・・・?
「・・・失礼なマスターだな君は。私を見て明らかに落胆するとは。」
なんて、赤い外套を纏った騎士は呟いて、私を睨んでいる。
「まあいい。サーヴァント、アーチャー。召還に応じ参上した。」
「え、嘘。セイバーじゃないの?」
そんな!詐欺だ!あれだけ宝石を使って文句なしの手応えで召還したのに!
「・・・剣は扱えるが、この身は弓兵だ。」
「・・・そっか。うぅ・・・あれだけ宝石つぎ込んで召還できないなんて・・・」
ま、それでも人には過ぎた使い魔よねコレ。
こうして見ていても桁違いの魔力が感じられる。
人の身で精霊の域にまで達した“亡霊”か。
・・・セイバーじゃなかったけど。
「む。悪かったな。どうせ弓兵では派手さに欠けるだろう・・・いいだろう。
後でその暴言を後悔させてやる。その時になって謝っても聞かないからな。」
「え?あ、いや、ごめん。」
意外だ。英霊ってもっと一癖も二癖もあるような奴をイメージしていたのだけれど、
今の素振りは何処か子供じみていて、邪気がなかった。
──────────────なんだ。コイツ、結構イイ奴かも。
半眼になって抗議している様は、ホントにコイツ英霊か?って尋ねたくなるけど。
「で、貴方は何処の英霊なの?」
「・・・秘密だ。」
はあ?
「あのね、アーチャー。くだらない理由で言ってるんなら怒るわよ?」
アーチャーは困ったように眉を寄せて、思案している。
「・・・どれほど探しても過去、私の伝承など存在しない。私はね、凛。現代で生まれた英霊なんだ。」
「はあ!?」
「君に召還されたのも、恐らく生前に君と出会った事があるからだ。
詳細は秘密だが、私と君は戦友のような関係だった。これが証拠だ。」
アーチャーが取り出したのは真紅の宝石。
父の遺言を解読して手に入れた極上のアーティファクト・・・!!
・・・中身は空だけどね。ちっ。
「数年後、私と君は倫敦の時計塔で知り合う事になる。これでも守護者でね。過去の干渉は最小限にしたい。」
「・・・そう。わかった。詳しい事は明日聞くわ。ちょっと、きつ──────────────」
ふらりと倒れそうになる。
当たり前か。サーヴァントの召還は聖杯が勝手にやってくれるとはいえ、
その維持はマスターの役目だ。召還で消費した魔力と、アーチャーに流れてく魔力。
ガス欠まであと少し。あ〜・・・こりゃ明日はキツイわね・・・
ふらつく私をアーチャーに支えてもらって、とりあえず居間へ行こうと提案したら、
「今日はもう休みたまえ。」
とか言って私を抱き上げやがりましたよコイツ。
所謂お姫様抱っこというやつで、近っ!あ、胸板厚いな〜・・・
生前はきっと誑しだったに違いない。でなければこんな恥ずかしい真似を真顔で出来る訳がない!
「ま、とにかくヨロシクね。アーチャー・・・」
「───────まったく。昔から君は遠慮がないな・・・遠坂。
我が弓は汝と共に、全霊をもって君の宿敵を打倒しよう。此処に契約は完了した。」
◆
「・・・っつ!」
「あ、痛かった?」
腕の傷口に這わせた指を止めてイリヤが困ったように眉を寄せる。
自分でやるつもりだったんだが、怪我してるってばれた途端に怒り出して、
『薬は何処!?』
なんて雷光を背景に迫られた日には言い成りになるしかないっつーか・・・
「すっごく痛ぇ。けど自業自得だから無視してやっちまってくれ。」
ってうお!いて!!イタタタ!!も、もっと優しく!!ああ!!ああああああああああ!!!
傷口にぐりぐり塗り込んでいくイリヤ。ぎこちないがしっかりと包帯を巻いて処置終了とぴしゃりと叩かれた。
「ふんだ!サーヴァントも連れないでアサシンと戦うなんて!!」
「いや、だって──────────────」
「私がシロウを殺すんだから!」
瞬間。あまりの怒気に震えた。
「──────────────」
「だから、他の誰かに殺されるなんて許さないんだから・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「て─────────────い。」
びしっ
「イタッ」
おでこにデコピンしてやる。
泣きそうな顔して何を言いやがりますかね、このお嬢様は。
「舐めんな。あれくらいで死んでたまるかっつーの。」
嘘。本当は殺されるしかなかった。
「む。何よ。危なかったんでしょ。」
「余裕でしたー、あとちょっとで倒せましたー」
嘘。本当は死んでた。
けど、まあたしかに。俺は勝手に死ねない。
大勢の人間を無視して生き残った俺に、自分勝手に死ぬ権利なんて───────────ない。
それに、イリヤから切嗣を奪った償いもしていない。
やっぱ死ねないわな。こりゃ。
「どっこらせ。」
掛け声と一緒にイリヤを肩に抱き上げた。いつまでもこんな土蔵にいても仕方ないし。
・・・なにより寒いしね。
「居間に行ってお茶でも飲もう。なあ、姉さん?」
自然と、そんな言葉がこぼれた。
あ、驚いてる慌ててる照れてる。
見てて楽しいけど、風邪引かれても困るしな。さっさと行こう。
「ね、ねえシロウ。もう一度呼んで?」
「イリヤ。」
「ちーがーうー!!」
「お嬢様。」
「解ってて言ってるでしょ!!」
「さて、何の事ですかな?」
ま、照れ臭いのはこっちも同じ。滅多な時じゃなきゃ言えないわ、こりゃ。
◆
そこは人が生きるには汚れすぎていた。
ずるり。ずるりと蠢く音が響く。
そこは人が生きていていい場所ではなかった。
「──────────────せん ぃ・・・」
そこは、蟲の胎内だった。
蟲の山が蠢く。そこから僅かにこぼれて視認出来るのは・・・人の・・・腕。
それが時折なにかを掴もうと動くのを、紫の騎兵が痛みを堪えるように、無力を堪えるように、眺めていた。
◆
言峰教会。
「ん。珍しいな雑種。お前が酒を呷るなど。」
「あ、ギルお兄ちゃん。言峰おじさんが泣いてるの〜」
「うう・・・教会まで来て何故私の出番がないのだ・・・」
スマン。
◆
もりもり元気が湧いてくる!