Fate「無限の世界」Act.2

〜聖杯戦争。開始〜






 ◆


 深夜と言うほどの時間ではなく、されど高校生が一人出歩くような時間でもない。
 そんな半端な夜の中を俺は歩いていた。
 夜よりも暗い闇色の外套を纏い、冬木の町を歩く。目的は見回り。最近のこの街は不穏すぎる。
 凛に訊いてもはぐらかされるだけだったが、その態度のおかげで逆に答えは得られた。


 ──────────────聖杯戦争。


 恐らくはまたアレが起こるのだろう。
 不自然な街の異常。微妙に残る魔術の痕跡。そして不気味なまでに霊脈に蠢く何か。
 ・・・まあ正直に言えば、左手に令呪の聖痕が浮かび上がったからなんだがね。

 つーか凛の奴もなー・・・
 俺の左手の包帯に気付いたくせに、修理してる時に引っ掻いたなんて言い訳を素直に信じるかなあ・・・
 おじさん心配になってきたよ。・・・決めた。凛が参加を決めたら、俺はそれを助けよう。

 周囲へ意識を向けながら歩き続ける。何処かの交差点まで来た所で足を止めた。


 (・・・人払いの結界・・・か。)


 ある民家に展開されている認識を阻害する魔術。解析してみると、民家の中には人が4人と、



 (サーヴァント・・・!?)



 その4人の、恐らくは家族なのだろうか、小さな子供を一人を除いて、あとの3人は既に死んでいた。
 その子供は庭まで逃げた所で気絶している。恐らくは現実を直視できなかったのだろう。
 そして、サーヴァントの持つ刀が子供へ──────────────


 させない。そんな事はさせて堪るか!

                               トレース・オフ
 「──────────────投影完了」

 両の手に夫婦剣を投影し、投擲する。
 山形の軌道を描き飛来するそれを、侍の姿をした男は一歩下る事で回避した。

 「む。」

 塀を飛び越えて新たに夫婦剣を投影する。

                               ロール  アウト  バレットクリア                               
 (──────────────全工程完了。投影待機・・・)


 回路には同じく干将獏耶を3と射出用に24の剣を待機させておく。
 ■■剣は回路を全て投影に回さなければならない、この場での使用は保留。

 ・・・武装の確認。固有結界『無限の剣製』使用可能。
 自前の宝石が2つ。補助としては極上。俺のキャパを満たして余りあるほどの魔力。
 だが、他の礼装はあまり役に立ちそうもない。治療用の符くらいしか意味がないか。

 仕方ない。万全とは言えないが、戦いなんてそんなもんだ。
 今は対峙する敵を打倒する事だけを考えろ。

 「・・・お前が殺したのか?」

 「この身はしがないサーヴァント。主の意向であれば大人しく遂行するのでな」

 飄々とした態度にイラつく。人を殺しておいてそれか。

 「俺はただの魔術使いで、聖杯戦争なんざ知った事じゃねえが・・・こういうのは吐き気がするぜ」

 「これは異な事を。魔術に関わる者にも人並みの良心を持った者がおったか」

 「そんなんじゃねえ。」


 左右に構えるは陽剣干将、陰剣獏耶。それを低く浅く構え、


 「理不尽な死が許せないだけだ。俺の手の届く範囲で、そんな真似は絶対に許せねえ」


 「そうか。ならば、もはや言葉は要らぬだろう」




 「恥ずかしい二つ名だが名乗ろう。『錬鉄』の衛宮士郎。参る」



 「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。死合おうぞ!」



 ◆


 響くのは硬質な刃金の剣戟の悲鳴だけ。強化された身体が過負荷に壊れそうになるが知った事か。
 こいつを打倒する事しか知らない。その為の情報しか要らない。身体の負担なんて知った事じゃない!!

 「ふっ!!」

 この首を落とさんと駆けるのは不要なほどに長い日本刀。
 奴が明かした真名を信じるならば、銘は『物干し竿』か。

 佐々木小次郎・・・ね。俺なんかが敵うような相手じゃあねえんだろうな。

 だが関係ない。こいつは、

 「破っ!!」

 こいつは俺の日常を侵しやがった!!

 ありったけの魔力を籠めて干将獏耶を投擲し・・・
 手から離れた瞬間に次の干将獏耶を投影する。

 「暗器の類か?面妖な芸よ。」

 飛来したそれを、やはり僅かな動きで避わすアサシン。
 当然だ。アサシンのクラスに適した英霊は揃って俊敏性が高い。

 ・・・はっ!その程度の事など解りきっている。

 俺は詰めるだけだ。観測し解析し分析し認識するだけだ。
 お前の身体能力、戦闘技術、蓄積経験、その全てを理解してやる!
 俺に実現可能なシナリオを探し出せ!到達可能な一撃を予測しろ!!

 右の獏耶をもって長刀の動きを止め、左の干将を奴の胴へ叩き込む。
 避わされた。だが、

 「ぬ!」

 後ろから瀑布の如き勢いで飛来するもう一組の干将獏耶。
 夫婦剣たるこの双剣は、離れても再び出会う絆で結ばれている。

 「この為の投擲であったか」

 それを事も無く弾き落とされる。だがそれこそが、

 「まだだ」

 さらにもう一組、最初に投擲した干将獏耶すらも操る。
 計3組の干将獏耶の連撃で、その場から動かさせない!
 ただ弾くだけでは干将獏耶の飛来は止められない。
 それを破壊されなければ終わらない無限の連鎖。
 如何な英霊と言えどクラスはアサシン。筋力は然程高くはない。
 しかも飛来する2組の他に俺の剣も防がねばならない為に一つ一つを破壊できない。


    フリーズアウト ソードバレルフルオープン
 「停止解凍。全投影連続層写。」



 回路に待機させていた24の剣。投影されるのは絶世の名剣。
 3つの奇跡をもつ聖騎士の剣が、アサシンへ疾走する!


 「っく!」


 避わしきれずに、弾ききれずに幾つかに身体を貫かれながらも、跳躍し距離をとるアサシン。
 これで打倒できぬのならば──────────────

 「っ!!」

 身体を剣で貫かれたまま、着地と同時にこちらに跳躍する!先刻までとは違う構え。
 脳内で本能が警鐘をガンガン鳴らしてきやがる。結論、可能なら迎撃と回避!

 「秘剣──────────────」

 ぞくり、とする。
 アサシンが魔術を起動した様子はない。
 だが、その構えから放たれる業がただの剣戟であるはずがない!!

                               トレース・オン
 「──────────────投影開始!」 

 俺が物干し竿に蓄積された年月、その中から成長してきた経験をダウンロードする。
 業の正体を理解するのと、アサシンの刃が3つの軌道を描くのとどちらが速かったろうか。

                     トレース・オフ
 「燕返し!!」  「投影完了!!」

 3連撃ではなく、3点同時斬撃。
   キシュア ・ ゼルレッチ
 多重次元屈折現象による一撃か。そこに、ただ愚直なまでの鍛錬で到達するとは!

 だが、侮るな。
 俺には俺のやり方がある!

 全工程をとばして干将獏耶を投影する。
 この手ではなく斬撃の軌道上に射出する──────────────!!


 ──────────────ギィン!


 刃金の悲鳴が残響する。
 剣を打ち合った姿で、互いを至近に捉えたままの姿で、俺達は対峙する。
 奴の刃が俺の首を落とす事はなく、俺も奴の心臓を貫く事は出来なかった。

 パキン!

 奴の3重斬撃を防ぐために投影した干将獏耶が砕け散る。
 硬度では折り紙つきの剣だったのだが・・・
 奴の斬撃で刀身の半ばまで斬られてしまっている。
 そうなってしまっては幻想を維持する事は出来ない。
 幻想は妄想に堕ちて劣化し、地に落ちる衝撃で壊れてしまった。

 俺の右腕から獏耶が零れる。
 奴の斬撃を防ぎきれず、骨に到達するほどの傷が上腕にあった。

 「驚いたぞ。まさかこれを止められようとはな。」

 「そいつはどーも。だが、完璧じゃない。」

 申し合わせたように距離を取り直す。間は5メートルほどか。
 ・・・不味いな。ちと傷が深すぎるか・・・
 自己診断。右腕上部に中度の裂傷。戦闘に支障。
 勝利確立さらに低下。・・・と言うか無理。撤退推奨。

 「つっても、これは死合だしなあ・・・!」

 「無論。さあ、続けようぞ・・・!」

 再び大気が凄愴の気を帯び、硬質化していく。
 はっ!こりゃ上等だ!こっちも負傷。あちらも負傷。その度合いは同程度だ。


 だが、唐突にアサシンから戦意が失せた。


 「やれ無粋よな。魔女殿は人使いが荒すぎるな。今宵は可愛がってもらえなかったとみえる。」


 そう呟くアサシンの身体が霞み始める。実体化を解いたのか。
 ・・・いや、解かされたのか。奴のマスターが撤退を命じたのだろう。

 「どちらかが果てるまでが死合であろうに。まこと、無粋よな。」

 「・・・ここまでか。つまんねえ邂逅になっちまったな。」

 「そう言ってくれるな。そなたはこの地の平穏を望む者。ならばまた対峙する時もあろうて。」


 それが、俺の、第5次聖杯戦争における、最初の戦いとなった。


 ステータス更新。

 サーヴァント・アサシン。

 真名。佐々木小次郎。

 マスター。不明。(推測、魔女。)


 ◆


 気絶している子供を抱きかかえ、言峰教会へと運び綺礼に押し付ける。
 俺に出来るのは身体の治療だけで、精神の治療など専門外だ。
 この子の今後を考えれば、下手に俺が係わるより奴に任せたほうがいい。

 「・・・っ〜・・・痛ぇな・・・」

 傷付いた左腕が疼く。治療用の止血符を貼り付けておいたが、痛みは仕様が無い。
 鞘に魔力を補充すれば簡単だが、残念ながら魔力が枯渇しかけている。
 ここで凛から貰った宝石を使ってしまうと後が怖い。
 何せ『あの』凛の事だ。勿体無いとお説教してくるのは確実だ。

 「ったく・・・秘薬のストックは・・・あったっけか?」

 家に残っている薬のストックを思い出す。
 あと数回分は残っていたはずだ。帰ったら使おう。

 大橋を越えて、見慣れた交差点から坂を上る。
 ここを過ぎればもう屋敷は近い。
 馬鹿みたいに虎が騒いで、桜が困ったように笑って、凛が楽しそうに茶化す。
 そんな日々を送ってきた暖かい我が家が────────────


 「こんばんわ。お兄ちゃん。」


 坂の上。冬の少女が、そこにいた。


 ◆


 (・・・やべ、この娘ケタ違いだ・・・)

 見上げる先には少女が一人。その他に誰もいない。

 そう。生きた人間は一人もいない。
                   サーヴァント
 だが見える。視える。少女の後ろに立つ鉛色の巨人を幻視する。

 「お兄ちゃんは一人なんだ?」

 「ああ。まだ準備出来てないもんでな。」

 嘘!単に英霊の召還の仕方なんて知らないだけでーす!!
 うおおお!!やべえ!!どうしよう!?
 俺がサーヴァント連れてないってばれてるよ!!
 つーか俺がマスターだって何で解るんだよ!?

 内心悲鳴やら絶叫やらよく解らない上に情けない事を喚いている。
 顔には下種な作り笑いが精々。ポーカーフェイス?無理無理!

 滝のように流れる汗がなんとも言い難い。
 こっちは先刻の戦闘で魔力は枯渇気味。ついでに腕には裂傷。
 まさに最悪此処に極まれり。ぜってー俺の幸運値E-だ!!


 コツ、コツ──────────────


 少女が坂を下りてくる。
 いかん。やばい。絶体絶命。
 どうする?どうするよ俺!?

 ライフカード。
  1.逃げる。
  2.戦う。
  3.話し合う。

 2は無理ですから!!絶対無理ですから!!
 1か3!どっちかでお願いします!!


 「?どうかしたの、お兄ちゃん?」


 「イヤァ、ナンデモナイデスヨ?」


 生きた心地がしないのが正直な感想。
 銀の髪が風に靡いて、赤い瞳と相まって幻想的な美しさが少女にはあった。


 ──────────────銀髪赤瞳?


 ゆっくりとした動作で腰の後ろから財布を取り出す。
 その中から一枚の写真を抜き出して見る。

 「・・・あ。」

 そうか。そういう事か。
 途端に肩から力が抜けた。
 なんだ。なんだ。そーゆー事デスカ。

 「君がイリヤスフィール・フォン・アインツベルンか?」

 「そうだよ。なんだ。知ってるんだ?」

 「まあな。って、なんか残念そうだな?」

 「べっつにー・・・」

 む。やっぱり残念なんじゃねえのか?
 しかし相手が解った途端に俺も気を抜きすぎだ。
 別に気を抜いていい相手でもないんだがね。

 「もう。お兄ちゃん、なかなか見つからないんだもの。もう帰ろうかと思ったわ。」

 よく見れば少女の頬が薄く桜色に染まっている。
 随分と長い間、この寒空の下を歩き回ったのだろう。

 俺は腰のポーチから一枚の符を取り出して、魔術回路を起動する。

                       トレース・オン
 (────────────変化、開始。)

 基本骨子────────────解明。
 構成材質────────────解明。
 基本骨子────────────補強。
 構成材質────────────補強。
 能力付属────────────成功。

                       トレース・オフ
 (────────────変化、完了。)

 元は魔力の通り易いだけの符が今は熱を持ち、冷えた指先を暖めてくれる。
 強化の上位魔術にあたる『変化』。何気に利便性が高いので覚えさせられた。

 ・・・投影が使えるんなら下位魔術の変化も使えるでしょってビシバシ練習させられて・・・

 はっ!いかん。戻って来い俺。
 目の前で少女が不思議そうにこちらを眺めていた。
 俺は変化で保温の能力を付属させた符を手に握らせる。

 「ごめん。寒かったろ?」

 「わ。暖かい・・・」

 ただ、何故か符よりも俺の手をチラチラと見ているんですが?
 左手の包帯が気になるのかな?まあ、いいや。

 「ここじゃあ寒いし、家に来るか?温かい飲み物くらいだせるけど。」

 じっと睨まれるのは居心地が悪いので、左手はポケットの中へしまう。
 それを、何処か残念そうに眺めた少女は困ったような顔で小さく、

 「──────────────いいの?」

 と、呟いた。

 「いいよ、イリヤスフィール。」

 「む・・・」

 あれ?なんで急に怒るわけ?

 「・・・イリヤ。」

 「え?」

 「近しい人はイリヤって呼ぶの。お兄ちゃんも呼んでいいわ。」

 「ん。俺は士郎。衛宮士郎だ。よろしくな、イリヤ。」

 イリヤは「しロウ、シロう、シロウ・・・」と何度か練習して満足したのか、笑顔で答えてくれた。
 右手でイリヤの手を取ると冷え切っていたが、離さない。
 始めは戸惑ったイリヤだったけど、楽しそうに握り返して家路を歩き出す。

 「ちゃんとレディをエスコートできなきゃ駄目よ、シロウ?」

 「ではお姫様、攫ってもよろしいか?」

 何だかんだと軽口の応酬に、俺も楽しかった。


 ◆


もりもり元気が湧いてくる!